第十一章 四天王ザハラン・アゴーヴ

 アストリアは完徹したからだで試合会場に向かった。

 どうということはない。戦争では夜襲・奇襲なんでもありだ。コンディションなんて関係ない。


 第四会場は噴水の前だった。受け付けの男に名を告げると「第一試合です。すぐ準備してください」といわれる。


 一目で審判だとわかるいでたちの男が呼びかけた。

「さ、ここに立って」

 審判か。戦争に審判はいない。やはり子どもの遊びだ。


 アストリアは対戦相手を見て驚いた。

 ザハラン・アゴーヴは30代に見える男でどこか不潔であごひげが少しあった。


 明らかに千鳥足である。おそらく昨日のパーティーでしこたま酒を飲んで、それが抜けていないのだ。アストリアは呆れてしまった。


「よろしくたのまぁ」眠そうな、それでいて人を蔑んでいるような目つきで挨拶してくるのでアストリアは無視して剣を構えた。装備も剣以外は軽装で皮装備レザーアーマーしかつけていない。


 それでも四天王のひとりだ。なにかある・・のかもしれない。こういうとき相手の出方を見るのはダメだ。


 審判の開始の合図とともにアストリアは最速で踏み込んで斬りつける。

 〝キィィン〟

 乾いた、鋭い金属音とともにザハランの長剣がはじけ飛ぶ。

 アストリアは相手の喉元に剣を突きつけた。


 遅れてはじかれた剣がギャラリーの足元に転がり驚嘆の声が広がった。

「そこまで!」審判の声で試合は終わった。


 ザハランは剣を鞘から抜ききる前に負けてしまったことに驚いているようだ。

「審判! やり直させてくれ! 私はまだ剣を抜いていなかった。

 無効だ! 無効試合だ」


 なんて見苦しい男だ。こんな男を四天王に数えているならこの国は大したことがない。エルファリア国王を傑物とかんじたことも間違っていたのかもしれない。


 審判はやり直しを認めなかった。

「ちくしょう、こんなはずじゃなかった」ザハランは退場した。予選で負けるはずがないと思い込んでいた不覚が四天王予選敗北の汚名につながった。


 アストリアは4連勝して予選通過した。子どもの遊びというより赤子の手をひねるような気持ちだった。他人の試合が終わるのを待つ時間のほうがつらいくらいだ。


 神聖剣闘大会と聞いてどんなものかと思っていたが案外楽勝かもな。

 アストリアは気づいていなかった。


 自分が腕試しに出場する人間とはレベルが違い過ぎていたことを。彼が闘った相手の中には本当に強い相手がいなかっただけということに。


 不死鬼ふしきで死闘を繰りかえした彼に対して、実戦経験が浅い人間など太刀打ちできないのである。たとえ相手がエルファリアの四天王キングスナイツであってもである。


 アストリアは自分が参加する予選でほかの試合を一切見なかった。

 トーナメントで全部の試合見るやつはバカだ。これが彼の持論である。


 思いのほか試合が早く終わったので時間に余裕ができた。


 ラウニィーの試合を見ておくか。

 大会の受け付けのときにもらった半紙を見てみるといまいる第四会場から第八会場は一番離れていた。ルクシオンが闘う第六会場はここから近い。


 アストリアは間に合うかわからないラウニィーの試合よりルクシオンがどんな戦い方をするのか見てみたくなった。依頼より興味を優先する自分はプロ意識が足りないのかもしれない。だが好奇心を抑えられない。


 行こう! アストリアは地図を見ながら人込みをかきわけ走り出した。

 そしてアストリアはルクシオンの力量に戦慄するのであった。

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