第十章 クレリアの罪と罰 第二幕
※作中でクレリアが果実酒を誤って誤飲するシーンがございますが、未成年の誤飲は本人だけでなく周囲にいる大人たちの気遣いが足りない場合に起こります。作中では死亡事故につながりませんでしたが、最悪のケースでは死亡事故も起こりうるので未成年の誤飲には十分に注意してください。
王城の中庭は人がいっぱいだった。受け付けをすませたふたりは会場へ入った。
「わあ、お料理がいっぱい。これ、食べていいんですかね」
「色気より食い気だな」
「わたしは晩ごはんまだなんですよ」
「オレもだ、なんか食うか」
皿の並べられたテーブルに向かうと見たことがない料理がいっぱいだった。
「わぁ」クレリアは眼を輝かせている。
連れてきてよかったな。アストリアは微笑んだ。
「ほら、あなたも魚料理と鶏肉ありますよ」クレリアが取り皿を渡した。
「ああ、いただくよ」
「血の滴るようなステーキ食べたい……」
クレリアは舌なめずりした。
「クーちゃんはほんと肉食だよな」
「否定はしません」
アストリアは海鮮中心に取り皿に取った。エビ、貝、その他海の幸を見てクレリアは目を輝かせた。エルファリアの海鮮料理は国内外に有名だった。
「それなに? たべもの?」
「知らないのか? エビだよ。この国では生きたまま焼くんだ」
「生きたまま焼いちゃうなんてザンコクですぅ! ……おいしそうです!」
「食べてみるか?」アストリアはトングで最後のエビをクレリアの皿に置いた。
クレリアは半信半疑でエビを眺めている。
「しっぽの所の殻の部分は食べないんだぞ」
「へー」(ぱくっ)
「!」
「……おいひー! おいひー!」クレリアはぴょんぴょんとびはねている。
「食べながらしゃべらないように」
(ごくん)
「こんなにおいしいものがあるとは知らなかったです。もっと食べたい」
「ああ、でもいまのが最後だ」
そのときひとりの女性騎士が入り口から入ってきた。ラウニィーである。パーティーだというのに正装もせず、昼間と同じ鎧をつけている。アストリアは気を取られた。
そのときクレリアはひょいっとアストリアの皿のエビを手づかみで食べてしまった!
「あっ、オレのエビ!」
「エビがわたしに食べてほしいっていったんです」
「許してやるよ。おまえ食いしん坊だな。海鮮はまだあるぞ。食べな食べな」
「わ~い」
アストリアはラウニィーに気を取られていた。接触はしないほうがいいと判断した。下手に警戒されるとやりづらくなる。アストリアは固唾を飲んでラウニィーを観察した。
アストリアはあまりこういう表現は好きではないが、ラウニィーは絶世の美少女だった。
歳は20歳前後。長くて艶のある金髪。
白い肌に
その眼差しも穏やかで騎士などより芸能の分野で活躍してもおかしくない美貌である。さらに
会話の聞こえる位置まで行ってみるか。
アストリアはクレリアを残し、自然を装ってラウニィーがいる隣のテーブルまで移動して耳を澄ませた。貴族の女性と会話している。その女性は噂好きの中年に見えた。
「王はあなたをフィン王子の剣術指南役にして、ゆくゆくは王子との結婚を考えてるんじゃない?」
「やめてください。王子はまだ9歳なんですよ」
「王は本気らしいわよ」
「だから困っているんです。王子が結婚できる年齢になったとき、わたくしはおばさんになっちゃう」
「王なら法律を書き換えて王族の結婚年齢を引き下げるんじゃない」
「あの人ならやりそう……。
どうしよう、試合で手を抜けないし。今回の参加は勅令だし、わたくしは板挟みです」
「嬉しいお悩みね、うふふ」
「茶化さないでくださいまし」
「ラウニィー様、そこにいらっしゃいましたか」そこに純朴そうな少年が入ってくる。歳は10代前半に見える。こげ茶の髪に黒々とした大きな目をしているが、格好は騎士見習いにみえる。
「あら。クローヴィス、なんのよう」クローヴィスと呼ばれた少年はもどかしそうに答えた。
「なぜパーティーなどに参加されたのですか。おからだを休めないと」
ラウニィーはふっと微笑んで「政治よ。わたしにもつきあいがあるの。あなたもパーティーを楽しんだら」
「僕はラウニィー様が心配です」
「あら、わたしが負けると思うの?」
「いえ、そのような……」クローヴィスは眼を伏せる。
「そんな顔しないで。わたしがいじめてるみたいじゃないの。
本当に強い戦士というものはね、どんな状況でもベストコンディションを保てるのよ。ほら、襟が曲がっているわ」
ラウニィーはクローヴィスの襟を正した。
アストリアが脳をフル回転してふたりの関係を推測したところ、おそらくクローヴィスはラウニィーについてる小姓か騎士見習いではなかろうか。
だがクローヴィスのラウニィーを見つめる視線は熱く、ラウニィーがクローヴィスを見る瞳も必要以上に慈しみがあるように思えた。このふたりの関係は……
クローヴィスはラウニィーというご主人様に懐いている子犬のようであった。
「でも、そうね。そろそろ帰るわ。宿舎に戻りましょう。ではエドゥアール夫人、これで」
会釈して去っていく。
会話を聞いてもあまり得るものはなかった。
あ、クレリア忘れてた。
振り返るとクレリアががぶがぶグラスを飲み干している。
水中毒……! あのバカ!
いそいでクレリアのもとに駆け寄るとクレリアの顔は赤かった。
体もふらふらしている。アストリアは近くにあるグラスとビンのラベルを見た。
「おまえ、酒飲んだな⁉ 息がくさいぞ」
クレリアはハーッとアストリアの顔に息を吹きかけた。
「くさいっていってるのに!」
「くさくない!くさくない! わたしの息はくさくない!
女の子にそんなこというなんてひどい!」
クレリアは半泣きで訴えた。酔っている。
大変だ! 急性アルコール中毒になるかもしれない。
「気持ち悪くないか? とにかくここを離れよう」
「わたしはまだここにいたい」
「いいから」アストリアはクレリアの手を引っ張った。
「人さらいだー!」クレリアは大声で叫んだ。
「やめろ! 人聞きが悪い」
ふたりが出口まで行くとラウニィーがまだそこにいた。
「お連れの方、どうしたの?」
「それが、間違って果実酒を飲んでしまったようで」
「それは大変ね。水を飲ませて安静にする必要があるわ。戻さないか監視しないと吐しゃ物で窒息することもある」
「ええ⁉」
「それは最悪の事態よ。落ち着いて」クレリアの顔色を見て、「あなた、気持ち悪くない?」
「全然」クレリアは陽気に答えた。
「胸がドキドキしたり吐き気がしたりは?」
「ないです」
「意識混濁もない。中毒のピークといわれる2時間ほど監視してなにもなければ大丈夫だと思います。
わたくしも子どものころ間違って梅酒を飲んでしまったことがあるけれど大事にはいたりませんでした。クロウ、この方たちを医務室に運んであげて」
クロウはクローヴィスの愛称だろう。
「はい、ラウニィー様。こちらです」
おかしなことになった。クローヴィスに先導されふたりは医務室に案内された。
ラウニィーもついてきてくれた。
「あら、大変。先生は不在のようね。もう帰ったのかしら」
「どうしよう」アストリアは狼狽した。
「そこに座らせて。横にならないほうがいいわ。胃の中のものが逆流するから。水も飲ませ過ぎないほうがいいときもある。あなた、名前は?」
「クレリアです~」クレリアは陽気になっているだけで苦しくはなさそうであった。
「多分大丈夫だと思うわ。悪いんだけど医務室に泊めることはできないの」
「連れて帰るよ」
「すまないわね。一晩監視して。眠ってる間に吐いたら気道が詰まるから」
「わかった」
アストリアの決意を秘めた瞳をラウニィーはじっと見た。
「あなたの名前を聞いてなかったわね」
「オレの名は……、いや、名乗っても仕方ない」
「ラウニィー様に
「やめなさい、クローヴィス! 人には事情というものがあるの。
医務室を閉める時間になったら出口まで案内して差し上げて。いいわね、クロウ。わたしはもう行く」
「かしこまりました。ラウニィー様」
アストリアは2時間ほどしてからクレリアをおぶって帰った。ちょうど深夜の12時が近い。
帰り道を背中を揺らさないように歩いた。
「やれやれ、誤飲とはいえ未成年飲酒、この前はのぞき。エロ本のひったくり。これ以上罪を重ねるなよ、クレリア」
その言葉はクレリアに届いていなかった。すやすやと寝息を立てていたからである。
「またバカをやったか」
宿に帰って事情を説明したときのフランクの態度は冷たかった。
「すまない」
「君は悪くないよ。14歳といえば分別もある年齢だ。酒を誤飲するなど本人の責任だ」フランクは本を開いたまま視線も合わせずに対応した。
「いや、オレの責任だ。保護者としての自覚がたりなかった」
「保護者ね……。具合は?」
「寝てるよ。一晩監視しろってさ」
「そうだろうな。私がやろう」
「いや、オレがやる」
「君は明日試合だろう」
「オレにはクレリアのいのちに責任がある」
「……そこまでいうならいいだろう」
アストリアはクレリアを抱えたまま彼女の部屋がある二階へ上がろうとした。
「二階より一階のほうがいい。私の部屋でやすませろ」
「いいのか?」
「私はなにもいわない」
「ほら、クレリア宿に着いたぞ。歯を磨かなくてもいいのか?」
熟睡していたように見えるクレリアはその言葉にぴくんとからだをそらしたのでアストリアは慌てて彼女を背中からおろした。
「あれ、ここどこ」
「宿に戻ってきた」
「パーティーは?」
「終わったよ」
「……なにも覚えてない。歯を磨かなきゃ……」
意識ははっきりしているが歩き方は定まってない。眠気によるものだがやはり監視が必要だろう。クレリアはふらふらしながら歯を磨いた。
すると後ろに倒れこみそうになる。慌てて支えるともう寝ていた。アストリアは彼女をベッドに横たわらせ自分は椅子にすわった。
不思議と嫌じゃない。迷惑をかけられることがなぜか嬉しい。その理由は自分ではわからないのであった。
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