第九章 クレリア・シンデレラ

 宿に帰るなりアストリアは真っ先にクレリアの所に行った。クレリアはリビングで紅茶を飲みながら読書していた。眼鏡をかけている。


「クレリア、オレいいこと考えたんだ!」

「えっちなことでしょ?」クレリアは眼鏡を外した。


「なわけあるか! オレのことをなんだと思ってるんだ」

「えっちなお兄さん」


 アストリアはせきばらいした。「冗談はいいとして一緒にパーティーに行かないか」

「パーティー? なんの?」

「大会の開催祝賀パーティー」


「……マスターがいいっていうなら」

 アストリアはアゼルの件から完全に立ち直っていないクレリアを励ましたかった。

 クレリアはまんざらでもない顔をしている。


「オレが聞いてやろうか」

「自分で聞く」

 クレリアは眼鏡をケースにしまい立ち上がった。


「ところでクレリア、その歳で老眼なのか?」

「失礼だな。遠視気味なんです!

 本を読むときだけかけているんです。だから眼鏡かけてるとこ見られたくなかったんだよ」


 クレリアは自分の部屋にいるであろうフランクの部屋に行った。

「マスター、外出の許可をいただきたいんですけど、いいですか?」

 ノックをしてから扉越しに尋ねる。


「入れ」

 そのあとふたりがなにを話したかアストリアは知らない。クレリアがいた席に座って様子を見守っていた。ふとテーブルに視線を落とす。


 クレリアはなんの本を読んでいたんだ?

 タイトルは『トラウマケア』だった。


 あいつ、なんのためにこんな本を読んでるんだろう。でも勝手に見たから聞けないな。


 ――クレリアはこの本を街の書店で見つけ以前フランクからもらった路銀で購入した。タイトルを見たとき吸い込まれるように買っていた。すべてはアストリアのためだった。


 この国では最新医療分野として心理学も発達してきている。民間人が購入できる書籍も存在していた。


 アストリアに過去から立ち直ってもらいたい。うしろより未来をみてほしい。

 アストリア自身が過去に傷つきながら自分を支えてくれる。どんなときもからだを張って守ってくれる。


 彼にセレナという人を忘れてほしい。

 笑うときはかなげではなく心から笑ってほしい。


 その隣にわたしがいたい。そのためにできることはなんでもしよう。

 そう思ってこの本を買ったのだ。


 半日で9割は読んでいた。一冊で路銀は尽きていた。この街におそらく世界で唯一である図書館があると知ったときは絶対行ってみたいと思った。


『あいつ、やっぱりアゼルのことから立ち直ってないんだ。励ましてやらないと』

 当のアストリアは見当違いの想いでいた。


 クレリアがフランクの部屋から出てきた。

「いいって。ただし夜の12時までに帰れって」

「本当か、よかった」

「あ、ドレス持ってない」


「オレだってスーツもタキシードも持ってない。このまま行こうぜ」

「え~、やだ~」


「いいじゃないか。いまからドレス探すなんて無理だよ。あと一時間後にははじまるんだぜ」


 クレリアは眉を寄せた。女としてプライドがあるのだ。

「ちょっと、話が聴こえちゃったんだけどね」


 声のする方を振り向くと宿の女将おかみがいた。

「あたしのお古のドレス貸してやろうか」

「ほんとですか?」


 クレリアは嬉しそうだったが、アストリアは不安だった。女将は太っている。この人のドレスは痩せ体形のクレリアにはぶかぶかでは……?


 女将はアストリアの顔を見て「あんたがいまなにを考えてるかわかるよ。あたしは昔痩せてたんだからね」

「すみません、そんなこと考えてないです」


 女の勘の鋭さにアストリアはたじろいだ。

「まぁいいさ。さ、こっちおいで」

「は~い」


 クレリアは女将に手招きされてついていく。アストリアがついていこうとすると、

「男の人は来ちゃダメです」ぴしゃりと扉をとじた。

 着替えるんだから当たりまえか、オレってばかだな。


 待ち時間は楽しかった。

 おめかししたあいつをどうからかってやるかな。へへ。

 結構待った。あと30分ほどでパーティーがはじまる。


 移動時間を考えると途中からの参加になる。アストリアはせかそうか迷った。

 あと10分になったとき限界がきてノックしようとした瞬間、扉が開いた。

 そこには14歳なりに化粧したクレリアがいた。


 頬にはうすいチーク、年相応の色気がある紅をさした唇。

 耳にはささやかなイアリングをつけていた。ドレスはこの国で20年以上前の流行の品だが清楚なイメージがクレリアにあつらえたようだ。


 クレリアはアストリアの言葉を待っている。14歳でも女としてのプライドがあるのだ。


「なにかいっておやりよ。気の利かない男だねぇ」

 クレリアの後ろから女将の声が飛んできた。

「いい……すごくいい」


 クレリアは首をかしげた。「表現力の乏しい人ですねぇ。もっと女を喜ばせるセリフはないんですか」

「クレリアをエスコート出来て光栄だよ」

「ふふん、やればできるじゃないですか」


 クレリアは上目遣いでアストリアに訴えた。

「……今日だけ。今晩だけ。わたしを恋人のように扱って」

 アストリアは手を差し出すとクレリアは微笑んで自分の手を重ねた。


「行こう、クレリア」

 宿の女将はニヤニヤしている。

「もうはじまってるかもしれない。急ごうぜ」


「ドレスでは走れませんよ。慌てなくてもパーティーは逃げません。

 12時までたっぷりと時間があります。

 もう!エスコートの仕方がなってないんだから」


 そういわれてアストリアは自分ががっついていたと悟った。

 14歳の少女とパーティーに出ることに男として高揚しているのだ。


 オレはヘンタイか? そんなことはどうでもいいじゃないか。今日という日を楽しもう。

 ふたりは談笑しながら徒歩で王宮へ向かった。

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