最終話 因果律《カルマ》の方程式

〝私の計画とは少し違うがクライマックスで最高の死に方をしてもらうぞ!

 アストリア‼

 出でよ、死の天使! その吐息で祝福を〟


 フランクが呪文発動の右手を振り上げようとしたとき!

 力強く腕を掴まれた。


「なにぃ⁉」

 顔面に衝撃が走る。


 アルフレッドがフランクを殴っていた。カラーグラスが衝撃で床に転がる。


「もうやめろ。フランク。

 ひとりの女を助けられれば誰が犠牲になっても構わないのか?

 おまえがそんなに鼻息の荒い男だとは失望したぜ。

 哀しみを振りまくのは終わりにしろ。痛々しいんだよ。

 なぜもっとはやく相談しなかった!

 なぜ仲間を信頼しなかった‼

 おまえは誰も信じられない自分に負けたんだ」


 フランクは口元の血を拭った。


「ふん、とんだ茶番だったな。

 アストリアとクレリアの夫婦漫才以下だ。

 くだらん。なにもかもくだらない。

 ここでやめたら、いままでの旅はなんだったのだ⁉」


「それは歴史が決めることだ」アルフレッドは答えた。

「そしていままで旅で出会った人たちが決めることだ」アストリアが言葉をつぎ足す。


 フランクは無言で地面に落ちた色眼鏡を拾った。

 動作がやけにゆっくりとしていた。

 アストリアはフランクの素顔をまじまじと見た。

 造形美に満ちた燃えるような深紅の瞳である。


「アストリアとクレリア。

 君たちふたりは地上でもっとも孤独な魂が惹かれあったのかもな。

 アンアリスのように巫女のちからを持ったものは時をおいてこれからも生まれてくるだろう。

 癒しの魔法は復活しなかったが、杏アリスの魂を救うことはできた。

 君はこのセカイに中立をもたらしたともいえるな。

 その子がセカイを救うことを望むのか。それとも破壊を望むのか。

 神ならぬ私たちにはあずかり知らぬこと」


「人の運命なんて星のようにわからないものかもな」

 アストリアは天井を見上げる。はるか地上、そして天空の星々を想って。


「天体の運行は物理法則にしたがっている。君のいってることはナンセンスだ。

 だが宇宙にあるすべての天体の運行を同時に観測・計算することなど人類には不可能だろう、星詠みのちからをもってしても。

 その意味で君の言葉は真理でもある。

 太陽のような恒星もあれば、か細い光をわずかに放ちながら消えていく星もある。

 そんな星でさえ互いに影響を与え合っているのかもな。

 ふん、人の運命は星のようか。

 因果とは不思議なものだ。天才ライナスでも因果律カルマの方程式は発見できなかった」


「……オレは、見つけたぜ・・・・・

 神をも恐れぬ不敵にして不遜。なにより爽快な笑みだった。


 フランクは微笑みかえす。けっして皮肉ではなかった。

 彼の心にも希望が宿る言霊だった。


「私を殺すのではなかったのかね。

 私はね。最初からひとりだった。

 ひとりでこの旅をしてきたのだ。

 おまえたちは全員駒。

 アストリア、君はとびきりの捨て駒だ。

 仲間ですらなかったのだ。

 どうだ、私を殺したくはないか」


「その言葉、そのままおまえに返そう。

 おまえのことは最初から警戒していた。

 おまえにはなにかあると思っていた。

 オレたちは仲間じゃない。

 敵同士が旅をともにしてきたんだ。

 オレはいままで殺しつくしてきた。

 もう、飽きた・・・よ。

 物語の最後にひとり助ける。フランク・マクマナス、おまえをな」


「急に悟りでも開いたか」


「通信教育でな」


「なに?」


「冗談だ。

 オレたちの結婚式にはフランクも出席してくれ」


「招待してくれるのかね」


「わたしたちの結婚式にマスターが出ないなんて考えられません」


「ここで断るほど私も野暮ではない。さて、旅の目的が失敗に終わったのなら退却するまでだ」眼鏡を戻したフランクはいつもの彼に戻っていた。


「まあ、いいじゃないか、旅が失敗に終わっても」アストリアはクレリアを両手で高く掲げた。「嫁、ゲットだぜ!」


「こらこら」クレリアが笑顔で応えた。


 建物が崩壊をはじめた。千年分の歳月が振りかかり急激に老朽化する。



〝地上へのゲートを開きます。

 この蝶についていってください。

 出口まであっという間です〟



 幻影をまとった緑色の羽をもった蝶が出現する。

 あの瞬間ときふたりで眺めた蝶だ。



「セレナ……」アストリアは名残惜しい。



〝これでお別れです。

 杏アリスの魂はもう一度過去に生まれ変わるでしょう。

 両親に愛されるために。

 あなたたちが未来を変えたことで過去も救われたのです。

 それともうひとつ。

 絶命弾をうけたシオンさんの魂はわたしが保護しています。

 彼女のことは任せてください。

 地上にでればわたしの声は届かなくなるでしょう〟



「シオンが……。良かった。彼女を生き返らせることは?」



〝できません。ごめんなさい。アッシュ、貴方には加護があったから奇跡が発動したのです。

 わたしを恨んでくれていいです〟



「いや……。

 最後にひとつ訊きたいことがあるんだ」



〝なんですか〟



「クレリアは、セレナがオレに遣わした天使だったんだろ」



〝ひみつです。ふふっ〟




 こうしてオレたちの旅は終わった。結界が閉じるぎりぎりだった。


 地上にでると譲羽ゆずりは紫乃しのが待っていた。フェイの姿はなかった。


 彼女は神聖エルファリア王国諜報騎士団(Espionage Chivalric Order)のエージェントだったのだ。神聖エルファリア国王ビルギッドの勅命でおれたちのことを調査していたらしい。彼女の経歴はどこまでが本当だったのだろう。


 クレリアはこのことを知っていたという。


 フェイがエルファリア国王に自分たちのことを世界に害のある人間だと報告しないつもりのことも。


 ライナスがなにを企んでいたのか。


 それはまた別の機会に語ることもあるだろう。


 癒しの女神は復活せず、これからもひとは傷ついていく。


 大陸ではついにディルムストローグ帝国がグランベルと同盟を組み、中央のエルファリア、ワルーヴィスを含めた諸外国に宣戦布告した。


 第二次北半球戦争(Northern hemisphere war Ⅱ)がいよいよ予感される。


 世界はゆっくりと、ときに急ぎ足で滅びに向かっている。


 杏アリスが千年間生まれ変わりながら振りまいた悪意の種は完全に消えてはいない。


 南半球と融合した魔王カイザードはいつか目覚める。


 それをどうするのかは百万年後の人類の宿題だ。


 だが、カイザードがオレに寵愛を与えたのは人類を滅ぼすためではないような気がする。


 カイザードは人類の敵でも味方でもない。気に入った人間に寵愛を与えその生き様を眺めているのだ。


 オレたちはなにも変えられなかった。

 世界を救えなかった。


 そのかわり、千年前から苦しんでいたひとりの少女の魂を救った。


 そして奇しくもオレは口が悪くて生意気だが、まっすぐな性根と人の話を聞く才能を持っている少女と結婚することになった。


 オレは、ライナスが見つけられなかった因果律カルマの方程式をこの旅で発見した!


 クレリア・リンリクス(Crelia・Linrics)


 口が悪くて生意気だがまっすぐな性根と人の話を聞く才能をもっているふしぎな女の子。


 オレの哀しみを吸収して癒しに換えてくれる魔法の使えない神官見習いプリエステス・アプレンティス(Priestess Apprentice)


 こいつといると弱くなる。


 戦士としての能力をなにもかも失って、オレはひとりの女を愛する男になった。


 人間になった!


 おまえはとっくに癒しの魔法を使ったよ。


 アンデッド=アストリアは死んだ・・・


 クレリア・リンリクスの魔法で生きかえった・・・・・・





『セカイが壊れるオトがする -Medium of Darkness- 最終巻セカイの終わりには黄昏こそが相応しい 』完





事実上の最終話になります。このあとはクレリアの日記とステータス公開を残すだけです。

2023年1月からスタートした『セカイが壊れるオトがする』応援ありがとうございました。

不定期更新から始まったこの作品を追いかけてくださった読者様には感謝の念が堪えません。

次回作のアイディア、あります!

クレリアがどんな結婚生活を送ったか、ライナスは何を考えていたのか。第二巻で登場したビルギッド、ラウニィー、フィン王子のその後。すべての伏線を回収するつもりです。ブックマークを外さずにお待ちいただけますと嬉しいです。

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