エピローグ3 わたしは殺人者《アイアムマーダー》

 クレリアはアストリアを正面から見てお辞儀した。


「ずっと嘘をついていました。

 わたし、悪い女の子だったの。

 わたしは姉妹たちの殺人者アイ アム マーダー

 服薬自殺未遂オーバードーズ経験者。

 本当のわたしは暗闇の巫女。

 自分が死ぬとき破壊神を召喚してやろうとさえ思ってた。アンちゃんと同じ。

 天姿国色てんしこくしょくの超絶美少女14歳じゃなかったの」


「オレがそんなこと一言でもいったか?」


「まじめに聞いて! こんなときふざけるなんてサイテー」


「クレリアがふざけてるんだろ!」


「ふざけてない。わたしってほら、美少女だから」


「ほんとに自分のこと好きだな!」


「わたしが水をたくさん飲むのも生体素子の維持に必要だから」


「バカだからじゃなかったのか……。

 クレリアは最初からライナスのこと知ってたのか?」


「ええ、まあ。彼はわたしの父親のような存在です。

 良い女は嘘をつくのが上手いんです」


「またこれだ」


「これがわたしの闇。

 ずっと不安だった。

 わたしの闇を知ったらあなたがどんな顔するか」


「オレはいまどんな顔してる?」


「すごく優しい顔。

 怖いくらい」


「いままで気づかなくてごめんな。

 そのままのおまえでいい。

 オレの傍にいろ」彼は両手を広げた。彼女を抱きしめるために。


「大好き!

 どうしてそんなに優しいの」

 クレリアは人目もはばからず彼に飛びついた。


「オレが優しいとすれば〝あの女性ひと〟が優しさをくれたから。

 貰ったものを返しているだけさ」


「わたしが犠牲になれば、セレナさんを蘇らせることができるんだよ?」


 彼はクレリアの口元に人差し指をあてた。


「もっとわがままになれ。クレリアに自己犠牲は似合わない。オレはわがまま娘に振り回されるのが好きなんだ。

 クレリアはどうしたいんだ」


 クレリアは帽子をとって深々と礼をした。


「クレリア・リンリクスは貴方に逢えて幸せです。

 傭兵さん、生涯でただ一度だけ貴方のまえで弱音をいいます。

 本当は……本当はふつうの人間に生まれたかった‼」


 クレリアはセカイに向かって叫んだ。

 人工生命体として生まれた彼女の精一杯の叫びだった。

 アストリアは彼女を抱擁した。



〝抱きしめて! 痛いくらい抱きしめて……‼〟



 彼は彼女の背中が軋むくらい力強く抱きしめた。

 ふたりはお互いの服を涙で濡らした。


 アストリアは千億の絶望 永遠の夜を乗り越えた。

 幾万の死の予言を覆した。

 たったひとつの生を得るために。


 そのために孤独と哀しみを背負った天使と出会う必要があったのだ。


「生きたい……! 人間として生きたい!」


「クレリアは人間だよ。

 泣いて、笑って、本気で怒って、そして悲しむ。

 人間以外のなにものでもない」


 クレリアの瞳は星を映したように輝いた。彼はつづけた。


「癒しの魔法がなくても人は生きていける。いままでと同じように」


「そんな残酷なセカイでもいいと思う?」


「クー坊が見てきたセカイは残酷なだけだったか? 優しいものや美しいものはなかったか?」


「あったに決まってんじゃん! あなたが見せてくれたんでしょ!」


「女のために死ねばセレナはオレを許してくれるんじゃないかって。最初は女ならだれでもよかった」


「エッチ! ドスケベ!」


「いまはクレリアがいい。セカイにひとりだけのクレリアがいい。

 クレリアと最期のときまで一緒にいたい」


「傭兵さんはわたしのことが好きすぎるんだよ!

 照れるぜ。

 歳もサバ読んでたの。

 ロールアウトと生体素子の肉体年齢の設定で計算すると16歳なの」


「それが一番衝撃だよ」


「わたしはあと1年と半年しか生きられないの」


 アストリアは彼女と視線を合わせなかった。


「ばかばかばか!

 いつもみたいに冗談をいって、わたしを励ましてよ‼」


「結婚しよう」

 

「いまなんて?」クレリアは彼の顔を見上げた。


「オレと結婚しよう。誕生日にはなんでもしてくれるっていったじゃないか。16歳なら結婚できるだろ。

 あと1年半精一杯生きろ! 看取ってやるよ。オレを選んでくれ」


 クレリアの眼はキラキラと輝いた。


「わたしは貴方より先に死んじゃうんだよ?」


「生きてみなきゃわからないだろう」


「わたしも結婚したい! 結婚する! イカリングいっぱい食べさせて」


 クレリアは彼に口づけをした。彼女が予想したバッドエンドは覆った!


 アルフレッドはいつか誰かにいわれた言葉を思い出した。




〝――片方がいなくなったら、もう片方もいなくなってしまいそう〟




「だったら離れなければいいんだ。魂が溶け合ってひとつになるまで……!」


 アルフレッドは、旅をしながら探していた問いに対する解を見つけた。アルフレッドが他人のために泣いたのははじめてだった。


「わたしはもう魔女じゃない。暗闇の巫女じゃない。ひとりの女の子」


 そのときフランクが無言で魔杖を手に取った。誰にも気づかれないように。


 ここでアストリアを殺害すれば、クレリアは絶対に彼を生き返らせようとするだろう。


〝私の計画とは少し違うがクライマックスで最高の死に方をしてもらうぞ!

 アストリア‼

 出でよ、死の天使! その吐息で祝福を〟



  つづく

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