エピローグ2 研究所《ラボラトリー》にて

 ライナスとフランクは旧知の仲だった。


 フランクの論文を読んで彼の才能を見抜いたライナスは彼を魔導生体素子研究所のスタッフにスカウトした。


 ライナスの目的は人工生命アーティフィカルライフ(artificial life)の研究だった。


 癒しの女神復活計画を持ちかけたのはフランク。


 恩師を救うため癒しの女神を復活させることを考えたフランクは、ヴァルケイン暗殺団によって巫女の血が途絶えていたことを知った。


 ライナスはとても気まぐれだった。


 あるときは世界を破壊に、あるときは救済に導くために働きかける。


 その動機は、気に入った人間だけに協力すること。


 彼自身が主体的に行動することは極めてまれだった。


 フランクのことを気に入ったライナスは彼の計画に協力したのだ。


 フランクは疑似的に巫女のちからを持つ人工神器を開発。


 生体素子の集合体に組み込む実験を重ねる。


 そうして生まれたのは構成物質は限りなく生物に近く、存在は無機物である自動人形オートマタたち。


 最高の人工知能を持ち、人間と同じようにものを考える、彼らの最高傑作だった。


 人工心臓の開発は困難を極めた。


 心臓が常に動いている以上動力を充電する方法が見つからず、高純度な魔法鉱石エレニウムに魔力を込めた電池として機能するように組み込まれた。


 十一体の自動人形オートマタが製造される予定だった。


 だが問題が次々と起こった。高すぎる知性のために精神に異常をきたす被検体が多かったのだ。


『タイプ=Cは慎重に育てよう。自分が自動人形オートマタだと気づかせないように人間のように育てるのだ』


 こうしてクレリアは研究所の一室で自分を人間だと信じながら育った。


 研究所の外に世界が広がっていることも知らない、それでも自分は幸せになると信じていた。


 だが、研究所からロールアウトする段階で真実を知らされたクレリアは精神失調を起こした。


 残酷すぎる真実だった。


 人工子宮に癒しの女神を受肉させたとき、ただちに心臓が機能停止すること。


 そうでなくとも人工心臓の動力は4年しか保たないように設計されていること。


『物語のように恋をしたかった!

 物語のようにキスをしたかった!

 物語のように子どもを育てたかった!

 わたしだけがそれをできないなんて許せない!

 どうしてわたしが死ななきゃいけないの⁉

 わたしひとりが幸せになれないならセカイに救う価値なんてない!

 破壊神を召喚したほうがましだわ!』


 その発言は不穏すぎた。


 巫女のちからを使えばあらゆる神の魂も召喚できるからだ。


 半狂乱になったクレリアは姉妹たちの入った調整層の生命維持装置を破壊した。


 その後、服薬自殺未遂オーバードーズ事件を起こし九死に一生を得た。


『彼女はもうだめだ。僕はこの研究を破棄する。長く生きられない、人口神器を発動して純潔を失うと死ぬ。彼女はそう造られた。彼女は己の運命を受け入れると思った。それが誤算だった。もう興味はなくなった』


 ライナスは病室で集中治療をうけるクレリアをガラス越しに見つめた。


『ではどうするのだ?』


 白衣を着たふたりは密談する。


『クレリアの処分は君に任せる。僕はほかにやりたいことがあるんだ』 


『やりたいこと?』


『うむ、面白い経歴を持つ男を見つけてね。

 不死鬼ふしきの元隊長。暗黒に堕ちても信念を失わない彼の生き方に興味を持ったんだ。ちょっとからかってやってもいい。

 それともうひとつ。〝遺跡〟を探している』


『遺跡?』フランクはオウム返しに尋ねた。


『超次元にアクセスできる遺跡。

 神の波動領域に肉体と精神を転送できる遺跡だ』


『神になるつもりか?』


 ライナスは沈黙で応えた。そして充分な間があってからつづけた。


『僕はどうしても因果律カルマの方程式を解きたいのだ。

 この星の人間の悪意、そして善意が過去・現在・未来をかたちづくる。

 そのメカニズムをどうしても知りたいのだ。

 それを知るためなら神になっても良いと考えている』


『そこまで価値があるものかな』


『君なら理解してもらえると思ったのだが、残念だ』


『私はもう少しこの研究を続けたい』


『そうか。自由にしてくれ』


 こうしてふたりは袂を分かった。



 フランクは他者を拒絶して病室に引きこもったクレリアに毎日語りかけた。


『本を読まないのか? あんなに好きだったじゃないか』


『……もうどうでもいい。わたしには関係ないし』


『こっちを向いてくれないか。ちゃんと話をしよう』


 クレリアは部屋の隅をじっと見ている。


『いまクモの巣見るのにいそがしい』


『ふざけるな!』


『……ふえ、ひっく、ふえええ』クレリアはベッドの上で泣き崩れた。


 クレリアは毎日泣いていた。


 自分の運命を憐れんで。


 自分がふつうの人間ではないと思うと世界中から独りぼっちになった気分だった。


 そして実験の一環として作成された魔法生物アゼルに異常な執着をみせるようになった。


 同じ〝造られた〟もの同士、友だちになったのだ。


 彼女は神官見習いという位置でありながらアゼルと使い魔契約した。それは明らかにおかしいことだった。本来、神官は使い魔など連れて歩かないものだ。


 フランクは最後の賭けにでた。


『研究所の外の景色を見たくないか?』


 クレリアのからだが小さく反応する。


『研究所で寿命を迎えるもよし。

 外の世界を見て、のこりの人生を生きるもよし。

 外の世界にでてくれたら、もう神器の発動は強制しない。

 白い壁を見ながら人生を浪費したらもったいないぞ』


 クレリアはクモの巣から視線を逸らさず、背中だけで答えた。


『もういじめない?』


『約束しよう。

 外の世界をいっぱい見せてやる。

 楽しいぞ。

 それで気晴らしになればいいじゃないか。

 いままでおまえの自由意思を尊重しなかったことは悪かった。

 ただ、仕方なかったんだ。

 仲直りしようじゃないか』


 悪魔の囁きだった。


『やっぱりいやだったらすぐにやめるんだからね』


『それでも構わない』


 こうして1年の引きこもりから部屋の外にでた彼女はフランクとともに旅をすることになった。

 はじめての街で見たふつうの人たちのふつうの世界はとてもキラキラしていた。

 息が詰まりそうなくらい。



〝ふつうではないわたしがふつうのセカイに憧れることはいけないことだろうか。

 身の程を知れと思われてしまうだろうか〟



 旅をするなかで、マスターが癒しの女神復活を諦めていないことを知った。


 だが、旅をやめるわけにはいかなかった。


 アストリアと出会ってしまったから。


 フランクとアストリアの初対面での会話を隣りの部屋で盗み聞きしていたクレリアは衝撃が走った。


 薔薇色の衝撃が。それも甘く切ない芳香な色香だった。



『これから君が護衛する少女をこのセカイで一番醜いと思っても、彼女のために死んでくれるかな』


『いいだろう』



 それまでのセカイが壊れるオトがした。


 地上でもっとも無価値で、少ない寿命を引きこもりでムダにしてしまったダメダメな女の子。姉妹たちの殺害。オーバードーズ経験者。


 そんなわたしにそこまでの価値があるというの?


 この男性ひとはなにをいってるの?


 知りたい。この男性のことをもっと知りたい。


 この男性の傍にいたい。ずっと、永遠に!


 ああ、もっと長く生きられれば!


 この男性に愛想をつかされないよう一手でも間違えられない。


 天使のように、彼につきしたがおう。


 魔女の本性を隠して。

 

 けっしてわたしの思惑を悟られないように。


 研究所のデータベースにあった千年以上まえの書籍。


 人の話を聞く才能がある女の子のマネをしよう。


 わたしが永遠に生きなくてもこの男性の隣りにいれば価値がある!


 それが初対面のときクレリアがひた隠しにした感情だった。



つづく

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