第二十三章 セカイの終わりには黄昏こそが相応しい

 ドーム状の大きな部屋。


 断頭台が設置されている。


 中央に魔方陣。そして黒い影の男が待っていた。


「この場所はわたしにとって故郷のような場所。

 前時代の人間たちの悪意の結晶としてわたしは生まれた……。

 かつては不死鬼ふしきを操り全人類絶滅を企んだ。

 ドミニオン戦争の原因となったアカナシスの永久凍土を溶解するよう混沌のアークメイジを誘惑したのもわたし。

 ダルダスタン・グレイナルは用済みになったのでとっくに始末した。

 あと一歩のところで邪魔をしたアンデッド=アストリア(Undead=Astoria)。

 おまえだけは生かしてはおかぬ。ビルギッドの暗殺より貴様の断罪が優先だ。

 自ら断頭台に首をかけるなら罪を赦す。さあ!」


 空気が振動するほどの威圧感だった。


 フランクは眼鏡をただした。


「やつの剣を奪い取れば神器がそろう。東方の地であれば癒しの女神召喚は可能。 

 われわれの目的を達成するためにはやつを倒すしかない。

 魔法で援護しよう」


 フランクは冷や汗をかいていた。

 シャフト卿の登場は彼の計画書にはなかった。



 どういうことだ。ライナス。

 なぜ私の邪魔をする。



 フランクは色眼鏡カラーグラスを外した。彼の眼鏡は伊達ではなく魔力制御のリミッター装置である。


 建物が壊れたら自分たちも生き埋めである。


 最小の破壊力で最大の魔法を打ち込む必要があった。


 なんの魔法ならこの化け物に効く?

 フランクは自問自答する。答えはシンプルだった。

 腰に吊るされた魔杖に魔力を込めると呪文が発動した!


 時空が歪み黒い光球ダークスフィアが出現する。


 光球のケージ内にマイクロブラックホール(Micro black hole)が詰まっているのだ。


 直撃すれば不死身でもただではすまない。


 躊躇なく放たれた光球はシャフト卿に命中したかに見えた。だが彼の装着している全身黒ずくめの鎧に反応して消滅した。


 呪文を無効化した鎧はすさまじい熱を発生している。


 肉体が焦げ白い煙がたちあがる。


 彼が生きている・・・・・なら耐えられなかっただろう。


 不死身の肉体である彼は痛みなど感じないし多少肉体が焦げても意に介さないのだ。


「この鎧はただの鎧ではない。黒い太陽ブラック・サン

 呪文無効化率100パーセント。あらゆる魔法を無効化するという代物だ。味方が必要ないわたしにとって究極の装備」


「さがっていろ、フランク。オレがやるしかないようだな」

 アストリアがまえに進み出た。


「傭兵さん、この戦いが終わったら告白したいことがあるの」クレリアが上目遣いに彼を見つめた。


「ああ、オレからも告白したいことがある」


「おい、アストリア!」


「なんだ、アルフレッド」


「おれはずっとおまえのことを見てきた。

 過去は関係ない! おまえは世界に必要な人間だ。

 だから刺し違えるような勝ち方はするなよ」


「急に良いこといいやがって」

 自分が殺めた人たち、そしてその家族は永遠に自分を許さないだろう。だが、クレリアと出会ってから旅をしてきた仲間がそういってくれるなら……!


「茶番だな。

 わかっているのか?

 おまえがわたしに敗れたときは全員皆殺しだ」シャフト卿は脅しをかけた。


「おまえこそわかっているのか?

 おまえは不死鬼ふしき共食いカニバリズムで一度オレに敗れている。

 そしてオレに絶命弾は効かないぞ」



 シャフト卿のカメラアイが機敏に動いた。


「知っているぞ。

 おまえは癒しの女神イシュメリアの加護と魔王カイザードの寵愛を受けたこの世界でただひとりの人間」


「なんだと⁉」


「知らないのか?

 神は平等だが、気に入った人間には守護を与えることがある。

 おまえは女神と魔王、両方に魅入られている人間特異点。

 おまえの生き方が好ましいから特別な守護を与えたのだよ。

 死にかけたのに奇跡的に生き残ったことはないか?

 それも一度や二度ではないだろう。それは偶然ではない。癒しの女神の加護を受けているから助かったのだ。

 魔王カイザードは破壊神スレイアームの弟神。カイザードの寵愛を受けた人間は絶命弾を無効化することができる。

 おまえは世界を救済することも、破壊者になることもできる。

 わたしとともに来い。セカイを消滅させるのに手を貸せ」


「………。断る」


「やはりか。おまえはわたし以上に闇に魅入られていると思ったのだがな。

 調子にのるなよ?

 カイザードの寵愛ならわたしも受けている。

 ふふ、おまえも!

 わたしも!

 魔王に魅入られているのだ!

 だがそんなおまえでも黒塗りの刃を喰らえば魂が損傷し廃人になる。

 喜劇のフィナーレだ」


 周囲の景色が一瞬で変化した。

 このダンジョンのすべてが彼女・・の心象風景だったのだ。

 地平線が見える。そら夕闇の黄昏トワイライト

 シャフト卿は大声で叫んだ!


「セカイの終わりには黄昏こそが相応しい!」


 アストリアは無言で創竜刀を抜刀した。


 焦りはあった。


 シャフト卿のまことの名がなんなのか。わからなければこの化け物を倒すことは不可能だからだ。

 最後の闘いである。

 シオンほど刀に氣は込められない。だがかすかに刀身が碧い光オーラを放ちはじめ少しずつ強くなっていく。


「やるな。誉めてやろう」氣をコントロールした彼を最大の敵は称賛した。


 はげしい金属音とともに打ち合いがはじまった。


 アストリアの攻勢。シャフト卿=琴流享祗朧ことながれきょうしろうは熟練の技量でなんなく凌ぐ。


 享祗朧きょうしろうが攻勢にでるとアストリアは波が引くように躱す。達人同士の闘いである。


 アストリアの創竜刀が享祗朧の肩に食い込んだ!


 致命傷の一撃すら享祗朧は意に介さない。


「だめだ。力量だけなら充分に勝機はある。だがやつは不死身。

 真の名がわからなければ倒せるはずはない」

 フランクは脇下に気味の悪い汗をかいた。


「このままじゃやられる!」アルフレッドが悲痛に叫んだ。


 徐々にアストリアが劣勢になった。無限の体力がある享祗朧にたいしては当然の流れだった。


 黒塗りの刃がアストリアを捉えた!


 魂の損傷がはじまる。


「っ‼」


「ふつうに人間なら数秒で死んでいるぞ」その隙を逃す享祗朧きょうしろうではなかった。「死神の腕はとても長い!」


 天魔刀を一閃する。その刃でアストリアは失明した。


 かつてライナスの魔法で傷つけられた額の魔障がぱっくりと開き、目を開けていられないほどの血が流れる。


「終わりだ!」


 享祗朧の渾身の一撃を紙一枚で躱したアストリアは腹部に斬りこんだ。

「小賢しい!」


 丸太のような太い脚で蹴り上げられたアストリアは壁に叩きつけられた。


 クレリアはたまらず飛び出した!


「待てっ! お嬢さん。死ぬぞ!」


 クレリアは小さなからだで享祗朧に飛びついた!


「やめろ~!

 傭兵さんを傷ものにするなぁ!

 わたしの旦那様なんだぞ!」


 その声はアストリアにとって絶望だった。


 一瞬で斬りすてられてクレリアは死んでしまうだろう。


「やめろ! クレリア! やめてくれー‼」

 アストリアは血にまみれて絶叫した。


 つづく


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