第二十二章 紅に染まる
「おしゃべりはもういいだろう? ぼうや」
シオンが人差し指を立てて挑発した。
「ふん、オーラブレードならわたしも使えるぞ」
シャフト卿は黒塗りの刃であるバスタードソードに氣をこめた。
それは天魔刀が必要に応じて化けた姿だったのだ。
強大で邪悪な
シオンは平常心で刀身の背をなぞる。蒼白い氣が込められいく。
「ずいぶんとうぬぼれが過ぎるようだが、わたしは貴様に負ける気がしないぞ。
退魔のちからが込められた創竜刀の一撃を喰らえば貴様でも致命傷になるだろう。
貴様を倒して天魔刀を回収する。
それがヴォーリアならわたしたちの旅の目的は達成されるのだからな」
「それはわたしも同じこと。わが刃を一撃でも喰らえばおまえは魂が損傷し、ただちに死ぬ」
「シオン!」
みんなの応援の叫びを背中で受け止めた。彼女は創竜刀を天に向け祈りを込めた。これは彼女が
世界の命運をかけた決闘がはじまった。
実力が極限まで均衡しているふたりの決闘は一瞬で終わるか、永遠に続くかのどちらかである。
今回は後者だった。
光の残滓を伴った激しい打ち合いが何合もつづいた。
お互いにかすり傷でも致命傷になる。
ソードマスターとして最高の戦術を込めた動き、フェイントですら完全に見抜かれてしまう。
それと同じようにシャフト卿の剣技もシオンに通用しない。
現ソードマスターと数代前のソードマスタ―ふたりの対決であるからだ。
シオンの呼吸が荒くなってきた。
徐々にシオンが劣勢になっていく。
シオンは後ずさった。
よろめいたシオンにとどめをさそうとシャフト卿が
ソードマスター人生最高の一撃がシャフトの首をはねていた。
オーラの残滓が星屑のように煌びやかに散った。
「やった!」みなが叫び、シオンが勝利を確信したその刹那。
首なしの死体が手をかざし、邪悪な光を放つ。
それはシオンの腹部に直撃した。
「絶命弾。
最初から絶命弾を使えば貴様などいつでも始末できたのだ」
転がった首が哄笑し、シャフトはゆっくりと自分の頭部を
「うおおおおお!」
シオンの全身から血が噴き出し紅に染まる。
「シオンー‼」
アストリアは絶叫した。
「ふふふ、次はおまえだ。
アンデッド=アストリア。次の間で待つ」
シャフト卿がその場から立ち去り、姿が見えなくなるとシャッターが消滅した。
アストリアはシオンに駆け寄り彼女を抱きしめた。血が自らの装備に染みていくのさえいとわずに。
「待ってろ。いま輸血を……」
手首を切ろうとしたアストリアをシオンは制止した。
「バカなことはするな。無駄だ。ぐはっ」
彼女は血を吐きながら最後の告白をした。
叶わなかった恋心より優先すべきことがあった。
「この刀を、創竜刀を使え! アストリア。おまえなら使いこなせるだろう。
やつを倒せるのは絶命弾を無効化できるおまえしかいない。
おまえがやるんだ!」
精一杯の気力で叫んだ。
彼は彼女を放そうとしない。
みなが固唾を飲んで見守った。
「……おまえはクレリアを選んだのだ。わたしのことは気にするな」
ちからない言葉が彼女のラストワードだった。
……ああ。
これで終わりか。
わたしの旅路も。
わたしのことは気にするな?
よくいったよ。いじっぱりめ。
わたしは精一杯運命に抗った。
このセカイの愛から切り離されているわたしはアストリアの優しさにすがろうとした。
たとえニセモノでも愛が欲しかった。それは間違いだったかもしれない。
アストリア、おまえは愛される経験が欠損しているから人に優しくすることで価値を証明しようとする。哀しいおまえに惹かれていた。似た者同士だったんだ……。
キスもまだで死んじゃうとか、あんまりだな。
「いまはクレリアよりおまえを選ぶ」
アストリアは
抱擁は彼女の魂に癒しを与えた。絶命弾による魂の損傷は止まった。
彼女は穏やかな顔で旅立った。
静まった空間でクレリアが彼に語りかける。
「傭兵さんは彼女のことを愛していたんだね」
アストリアは沈黙で肯定する。
自分はクレリアを選んだ。
シオンとの未来はなかった。
それでも
「もう時間がない。いくぞ。
恨まないでくれ。
彼女がいっていた
フランクは銀時計を見た。フランクは仲間全員を裏切っている。自分の想い人さえ助かれば仲間が全員死んでも良いと思っている。
アストリアは彼女の形見である創竜刀を握りしめて立ち上がった。千億の絶望と死を乗り超えて。
クレリアはシオンにキスをした彼を責めない。大きな愛を持っているからだ。
そしてクレリアは想い人であるアストリアに嘘をついている。とても大きな嘘を。
アルフレッドは彼らをずっと見守ってきた。
よくここまで来たなと思う。
アルフレッドにはこだわりがない。
セカイはこうでなくてはいけないという信念を持っているわけではない。
彼らは最初からばらばらだった。
仲間ですらなかった。
だが〝絆〟は存在する。
彼らは最後の間の扉を開いた。
つづく
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