第五章 聖都エルファリア 後編

 一同は鍵を受け取ると大通りに向かってゆっくりと歩いた。

 肌が濃いアストリアをジロジロ見る人間は多い。西方人が奴隷狩りをした過去の歴史の記憶がそうさせているのかもしれない。


「感じ悪いですね」

「もう慣れたよ。楽しもうぜ、新しい街を」


 夕闇に変わっていく街。

 街頭に灯される明かり。

 大通りの店の輝かしい照明。

 それらはとても美しく見える。


 明かりを灯すのは初歩的な魔術だがそれを長時間維持するのは技術的に高度なことである。

 この街では魔導鉱石エレニウムの触媒を使うことでそれを可能にしていた。

 エルファリアは現代でもっとも繁栄した国家といわれている。


 外套の明かりをひとつひとつ灯しているのは雇われた魔術師である。それとは別に店の魔法照明は契約魔術師に金を渡して照明装置に魔法をかけてもらっていた。


 美しい光景を支えているのは人間の努力と魔法、それを維持する莫大な人件費だった。


「あそこがグリーンフォレストみたいですよ」

 レストランの入り口を開けるとドアについていたベルがカランコロンと音をたてた。

「何名様ですか?」すぐに女性店員が飛んできた。

「四名ですよ」クレリアが受け答えした。

「当店は禁煙となっておりますが」

「かまいません。タバコを吸う人はいません」

「すぐにご案内できます、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 店員の印象はよかった。アストリアを見ても眉一つ動かさない。笑顔の接客だった。

 魔法照明はとても明るく昼間と遜色ない。


「お決まりになりましたらお声をおかけください」店員に案内され一同はテーブルに座った。

「傭兵さん、メニュー読めますか?」席についたクレリアは帽子を脱いで髪を整えた。


「このメニュー、共通語コモンも書いてあるぞ」

「本当だ。コモンと神聖語ホーリィ両方で書いてますね」

「いい店だな」


「おれはもう決まったぜ。ハンバーグとサラダ、ライス大盛りにドリンクだ」アルフレッドはメニューを隣の席のフランクに回した。


「私は紅茶にパンケーキを頼もう」

「それで足りるのか」

「足りなければまた注文する」


「この店はステーキが有名みたいですよ。わたしはステーキセットにします」

「オレは肉はあんまり食わないんだ。じゃあ……そうだな。ライスとお茶と、魚のフライにしようかな」


「魚は食べられるんですか?」

「うん、鶏肉もミンチでなければ食える」

「店員さーん、注文決まりました」



 一同は料理を待ちながら雑談した。

「アストリア、嫌な眼で見られて気分悪いだろうが全員がそうじゃない。

それは保証するぜ。おれもはじめてこの国に来たときは生きづらさをかんじた。でも話してみると誤解や偏見は溶けていくし、それは世界中どこ行っても同じだ」アルフレッドがアストリアに気遣いの声をかける。

「ああ、そうだな」


「元気出してくださいよ」クレリアも心配そうだ。

「ありがとう」

「ところでなんで肉食わねーの? うまいじゃん」

「……戦争に行ったら、ミンチの肉食えなくなった」

 アルフレッドはイヤそうな顔をした。


 クレリアも、「やめてください。レストランでそんな話するのは。こっちまでお肉食べられなくなる!」

「ステーキお待ち!」大柄の店員がステーキセットをテーブルに運んできた。

「わたしです!」クレリアは自分の前に置かれたステーキをおいしそうに食べはじめた。


 まだほかの人間の注文の品が運ばれる前にステーキを完食した。「もっとお肉たべたいなぁ」

(タフな女だ……)アストリアはクレリアが満足そうな顔をするのを見てそう思った。


 食事が終わり支払いを済ますと一行は店を出た。もう辺りは暗い。

「では宿に戻ろう。アルフレッド、あとで私の部屋に来てくれ。話がある」

「わかった」

「オレは自由行動していいか? この街をみたい」アストリアは一同を振りかえった。


「構わない」

「それならわたしも……」クレリアがアストリアを見上げる。

「それはダメだ。私と一緒に宿に来るように」


「イエス、マスター」フランクに制止されたクレリアは不満たらたらの顔で小声で答えた。

「ごめんな、クレリア。じゃあオレはこれで……」

「迷子になるなよ」

「気をつける」

 アストリアは夜の街に消えていった。

 それはある目的のためだった。



 一時間ほどしてアストリアは黒い袋をもって宿に戻ってきた。自分の部屋に入ろうとすると向かいの部屋のクレリアが部屋を出るところと鉢合わせた。


「あ…クレリア、元気か?」アストリアはまずいところを見つかった顔まるだしである。

「………」クレリアはアストリアが持っている黒い袋をじっと見ている。「ちょっと話があります」


「オレにはない、じゃあな」アストリアが部屋に入ろうとすると鍵をかける前にクレリアが押し入ってきた!「勝手に入ってくんな!」


「なにを買ったの?」クレリアは腕を組んで詰問した。

「……本」

「エロ本だろ! 見せろ!」クレリアは力任せに袋を取り上げようとした。


「ひっぱるな! 仮にエロ本なら見せられるわけないだろが!」アストリアは戦士として鍛え上げた筋力でクレリアを引き離した。


 クレリアが小さな悲鳴をあげた。「ああっわたしを蹂躙して……、結局あなたもほかの男と変わらないのね」


 アストリアはブンブンと首を横に振った。「そんなこというとひったくりで訴えるぞ。前科がついてもいいのか。この本の中身がなんであれ教えることはできない」


「エロ本でないなら表紙を見せてください」

「く……」

「なにが『く……』だ!

 エロ本でないなら表紙くらい見せられるでしょーが! エッチ!」


「よくもエッチといったな、気にしてるのに!」

「気にしてたのか」クレリアは目を細めた。「とにかくこれからはあなたの買う本を検閲します。そのつもりで」


「クレリアにそんな権利はない」

「もっとましなものを買いなさい。天文学の本とか、高等数学の本とか」

「オレのカネだ!」


「うわっサイテー。軽蔑する。わたしを守ったお給料でエロ本買うとかありえない」

「そ、それは、大人にはいろいろあるんだよ」


「性欲が?」

「もうこの話はやめよう」

「終わりが見えませんね。これだけはいっときますけどわたしでエッチなこと考えないでくださいね‼」


「それだけはありえない」

「なんだと」

「なんで怒るんだよ」


「まったく、たかが紙の本を見てあそこを反応させて……」

「そのいい方はやめろ! どこでそんな言葉を覚えたんだ、親が泣くぞ」

「いないもん」

「そういえばおまえ、以前オレから没収したエッチな本どうした? まさか中身を見てないだろうな?」


「見てないですよ、とっくに捨てました」クレリアは素知らぬ顔である。

「ならいいけど」

 クレリアは口笛を吹こうとしたが息が唇とかすれる音だけだけだった。

「限りなく怪しい……」


「もう寝ま~す」クレリアは立場が苦しくなるとそうそうに退室した。


次章につづく

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