第六章 火星薔薇の王冠

 その夜、フランクはアルフレッドと密談した。フランクはまず盗聴の魔術探知をした。それが確かにないことが解ると今度は音漏れがないように魔法を部屋の周囲に張り巡らせた。


「なにがはじまるんだ」アルフレッドが問うとフランクは「静かに。小声で話してくれ」

「わかった」


「君に王宮に忍び込んでもらいたい。そしてあるものを宝物庫から盗み出してほしいのだ」

「あるものとは?」


「王冠だ。火星薔薇の王冠だ。それが癒しの女神復活に必要な神器アトリビュート(attribute)のひとつだ。


 剣術大会中は警備が甘くなるはず。アストリアが勝とうと負けようとどうでもいいのだ。


 同じパーティのわれわれはサポーターとして会場に出入りできる。その闘技場は王宮の内部にあるのだ。もうわかっただろう」


「なるほどね。もっと早くいって欲しかったな。王宮の見取り図とか、警備体制とか知らなきゃ不可能だ」

「それなら協力者を手配している。ディザ・ハーレイスという女だ。この街の非合法盗賊ギルドの女盗賊レディ・シーフ(Lady thief)だ」


「ディザか……」

「知っているのか?」

「昔ちょっとな」


「この話はほとんど進めてある。成功率は低くはない。明日彼女と会って話を詰めてくれ。なお、失敗した場合助けることはできない。そのときは自決よろしく頼む」


「それが人にものを頼む態度か?」

「そのかわり報酬ははずむ。成功したあかつきにはメルキオン金貨1000万だ」

「まじで⁉ おれの借金チャラにできんじゃん。それどころかお釣りがくる。誰が払うんだ?」


「それはその盗賊ギルドだ。金貨そのものは洗浄済みでアシがつくことはないと保証しよう」

「やる気出てきたぜ」


「あとこの依頼については口外禁止だ。クレリアにもアストリアにも悟られないでくれ」

「ラウニィーを倒すってのは?」


「私が考えたダミーの依頼だ。

 アストリアには絶対いわないでくれ、彼のモチベーションが下がって予選落ちでもしたら困る。彼が勝ち続けたほうが、サポーターとして王宮に入りやすいのだ」

「……おまえっておそろしいな」


「それともうひとつ、鮮赤の紅晶クリムゾンクリスタル(Crimson crystal)を盗み出してくれ。まっかな水晶がそれだ、見ればわかると思う。あることに必要だ。

 話したいことはこれですべてだ。ディザとはアストリアが出場登録をしたときに偶然を装って向こうから接触してくることになっている」


「委細承知した」

「大会日程は予選から決勝まで数日しかない。表彰式が終わるまでに仕事を終えてくれ」

「やれやれ、人遣いが荒いな」


 翌日、アストリアたちは神聖剣闘大会の出場登録をした。

 登録名はフランクの提案した偽名アスファー・シェファードにした。

これは国境を越えるときから使っている偽名だ。


 当然、宿帳にも同じ名前が書いてある。出身国まで別の国にした。彼には国外追放履歴があるからである。それどころか一部の国では元不死鬼隊構成メンバーは戦犯として懸賞金がかけられている。


 意外なほど早く手続きは終わった。

「予選はあさって行われます。

 予選のみ城下町の広場も使われます。四回勝ち抜けば決勝に出られます。出場者が多いのでね。会場を間違わないでください。あなたの会場は……」係員は赤いペンで地図に丸をつけた。


「ここ、忘れないでくださいね。ちなみに開会式は明日。王宮内で行われます。出場する人だけ来てください。開会式に参加しなかった人は予選に出られません。注意して」


「わかりました。ありがとうございます」アストリアは礼をいい、仲間を振り返った。「この後どうする?」

 するとひとりの女が近づいてきた。


 アルフレッドはディザかと身構えたがその女はアルフレッドには見向きもせずアストリアに話しかけた。

「大会の受け付けはここか?」


 その女は風変りに反った剣を二本鞘に収め腰に吊るしていた。風変りなのは剣だけではない。

 色褪せた長い金髪と、小麦色の肌、瞳の色は色素が薄いグリーン。国籍不明としか形容の仕方がない。


 その女の剣はカタナだ。だがその場にいるほとんどの人間はシミターかなにかの曲刀だと勘違いした。だが、アストリアは一度だけうわさに聞いたことがある。


 東方にはカタナと呼ばれる剣がある。そして、〝氣〟を込められるつるぎはカタナのみ!

 東方の剣士たちは己の剣に氣を込めて闘う。カタナは信じられないくらい細身で刀身は少し反っているという。


「カタナ……?」アストリアの小さな言葉に、女は振り返った。

「ほう、おまえ名は?」

「アストリア」


(ばか)アルフレッドが目を細め口の中でつぶやいた。

 フランクが小さく舌打ちした。


「違った。アスファー・シェファードだ」

「……? おまえは自分の名前を覚えていないのか……?」

「オレの名前をこの地方のスペルに直すとアスファーになるんだ」

 苦しいフォローだった。彼女はなにかを察したのか察していないのか、

「わたしはシオン。ルクシオン=イグゼクス」


「そうか」苦し紛れにアストリアは握手しようとした。「よろしく頼む」

 ルクシオンは差し出された腕をみた。「よく鍛えているな。利き手の腕に傷が少ないのは優れた剣士の証だ。あるいはまったくの素人か。


 握手はやめておこう。

 わたしも大会に出場するのでね。握手した相手を切り刻むのは趣味が悪い」

「オレもそう思っていたところだ」

「ははは、ヘンなやつだ」

「予選で当たらないといいな」


 ルクシオンはもうアストリアに興味がないとでもいうふうに受け付けにいってしまった。

 そのときを待っていたように別の女の声がした。


「あーあ、連れにすっぽかされちゃった。悔しいからやけ食いしよ」

 その女の方を振り向くと、銀色のショート・ボブで、褐色の肌をした女が暑くもないのにぱたぱたと自分の顔に向けて手を振っている。

 

 アストリアは一目見てアルフレッドの恋人のシェリーと同じ人種だと思った。その女はアルフレッドと眼をあわせた。


 すると、アルフレッドはその女に近づき話しかけた。「ひとり? おれで良ければ飯つきあうよ」

「え~、どうしようかな。おごってくれるならいいけど」

「おごる、おごる」


「じゃあ、行こうか。連れの人たちはいいの?」

「いいの、いいの」アルフレッドはアストリアたちを振り返り、「悪いな、おれ抜けるわ。受け付けは終わったしもういいだろ」

「わたしはその人と一緒にゴハンでもいいですよ」とクレリア。


「空気読んでくれ、お嬢さん」彼はニヤリとほほえむと手を振りながら去っていった。

「かんじわるっ。アルフレッドさんがあんな人だと思わなかった」クレリアはぷんぷんと怒っている。

「オレははじめから、あんな人だと思ってたぞ」アストリアは去っていく彼らを冷めた眼で見た。


 フランクはやり取りの間、一切口を利かなかった。ディザとアルフレッドの接触成功である。

「わたしもむしゃくしゃしてきたので、お昼ゴハンをむしゃくしゃ食べたいです」

「……いまのは冗談か」アストリアが白けた目をクレリアに向けた。

「そうです」


「クレリアでも冗談をいうんだな。ぜんぜん面白くないぞ」

 クレリアは赤くなって反論した。「面白いです! わたしはセンスがいいんです‼

 いまのジョークの面白いところはむしゃくしゃという擬態語を咀嚼音とかけていたところです!」


「はずしたギャグの説明を自分でするなよ……」

「知性の高い人にしかわからないんです!」クレリアの涙目になり声はだんだん大きくなってきた。


「君たちは漫才師になるといいだろう。私と無関係の所で」フランクは歩きだした。

「マスター、一緒にお昼食べにいきましょうよ」

「私は屋外では極力ものを食べない。宿に戻る。君たちは夜中になる前に漫才を止めるように」


 フランクは行ってしまった。

「どうする?」

「ふたりでゴハン食べましょう。怒ったらおなかぺこぺこです」


 まだ受付会場はごった返している。遠方から旅をしてきた人間も多いようだ。受付会場は王宮前だったので、大通りと直結している。ふたりは街へ繰り出した。

 アストリアが一度だけふりかえると、ルクシオンの姿はどこにもなかった。


 つづく


 ※東方では刀という言葉が認知されていますが、大陸では認知されていないのでカタナと表記しています。

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