第七章 鳥

 大通りにでたアストリアとクレリアのふたり。アストリアはキョロキョロしながら歩いていると、クレリアが気にかけた。


「さっきの女の人が気になるんでしょう」

「確かに気になる。ルクシオン=イグゼクス」

「わたしはアルフさんと一緒に行った女性のことをいってるんです。なんでルクシオンとかいう人が出てくるんですか」


「え? それは別に……」

 クレリアは機嫌が悪くなりだした。「たしかに美人でしたね。お胸の大きさも大きすぎず小さすぎずちょうどあなた好みで……」


「やめろやめろ。なにを道のど真ん中でいってんだ。そんなこと全然ない。オレは女性を胸の大きさでいいとか悪いとか判断しない」


「エロ本を買ってる人がどの口でいうか……と、思いつつ今後の友情のためになにもいわないわたしです」


「全部口に出してるよな? ……あっ、あの店はどうだ」

「いいですよ」


 ふたりは雰囲気のよいテラスのあるレストランに入った。

「クレリア、注文頼む」

「だめだめ、わたしのあげた神聖語ホーリィのテキストやってるでしょ。何事もチャレンジです」


「この、魚のフライ? とライスを。あと紅茶をください」アストリアはメニューに苦戦しながら店員に注文をした。


「それならセットメニューがございますが」

「じゃあそれで。クレリアは?」クレリアにメニューを渡す。

「あ! クリームチーズがある。クリームチーズと、パンを三つ。あとわたしも紅茶をお願いします」


「パンは焼きあがるまで少々お待ちいただけますか。はい、かしこまりました。注文は以上ですね」

「以上です」


「クレリアはチーズ嫌いじゃなかったのか?」

 店員が去るとアストリアは尋ねた。

「ふふふ、まぁ品がくればわかりますよ……」



 注文の品はアストリアが先に来た。

「食べてていいですよ」

「待つよ」

「いえ、先に食べててください」

「そこまでいうなら」


 アストリアが腹八分になるころにクレリアの品が来た。

「ふふふ、これがクリームチーズです」

「見た目はふつうのチーズと変わらないぞ。少し色が違うが」

「クリームチーズはただのチーズとは別の食べ物です。その証拠に、味が違います」


 クレリアはパンにクリームチーズをのせて食べはじめた。「おいしい! あなたにも分けてあげます」

 クレリアがパン一個とクリームチーズのかけらを皿にのせてアストリアに渡した。

 アストリアは半信半疑でパンをかじった。「これは……! チーズより味がまろやかだ」


「そうでしょ。クリームチーズがあれば、パンのミミだってごちそうですよ!」

「ふっ、安上がりだな」言葉とは裏腹にアストリアはクレリアを好ましいと思う。自分の好きなことを好きといえることはすばらしいことだ。


「実はあなたに分けるためにひとつパンを多く注文したんです」

 食事が終わるとクレリアは口元を拭いた。

「策士だな」


「……剣闘大会でけがをしないで欲しいの」

「なんだよ急に。オレのからだはもう……」

「そういうことじゃないの。いえ、傷だらけだからこそもう傷つくあなたを見たくない。わたし、心臓が止まりそうなんだよ。あなたが危ないことをするたびに」


「それは……」アストリアは言葉を飲み込んだ。『おまえを護るためだ』といえば彼女の負い目になってしまう。無難な笑顔をつくって、「気をつけるよ」としかいえなかった。


 オレはいつまで生きるのだろう。誰もが「そんな生き方をしているといつか本当に死ぬぞ」と彼にいう。それなのにまわりの人間は死んで自分だけが生き残るのだ。


 だが、彼にはひとつの予感があった。本当に心から生きたい・・・・と思ったときに自分は死ぬのではないか、と。


 ――クレリアに出会ったことでオレは変わりつつある。


 そのとき・・・・は案外近いのではないか。アストリアがカフェテラスから空を見上げると鳥たちが羽ばたいていた。

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