第十六章 アストリアのプロポーズ

 その晩、宮廷の一室を借りてささやかな宴が開かれた。


 関係者数名しか参加しない、本当にささやかな催しだった。


 開催日は国費を使わず、マハルと紗良さらがポケットマネーで折半するという。


 東方の宮廷料理は魚中心で豆腐や豆、野菜もふんだんに使われている。

 舌にはなじみがないがおいしいものばかりで皆食が進んだ。


「明日は東亰か。ずいぶん遠くまで来たな」アルフレッドがしみじみという。「おれ、この旅が終わったら結婚するんだ」


「作家としていわしてもらうけれど、そのセリフをいうと死亡率が上がります」


「えー?」


 フェイとアルフレッドのやり取りに一同から笑いがおきた。

 マハルが皆を手招きする。


「集合念写を撮るぞ」

「なぜ?」フランクの問いにマハルは答えた。


「東亰爆心地はこの世界でもっとも邪悪な波動が満ちている。

 そこに潜る以上何人が生きて帰ってこられるか。

 だからいま念写を撮っておくのだ。みんなが一堂に集まれるのは最後かもしれんて」


 念写とは要するに写真である。原理は極めて魔法的だが、写真とすんぶん違わない映像記録装置がマジック・アイテムとして発明されている。


 世界中でマジック・アイテムの開発ができるエンチャンターを雇用してメーカーが念写装置を開発していた。


 技師がセッティングをすませ一同は集合した。中央にアストリアとクレリア。脇にシオンとフェイ。後列にフランクとアルフレッドが並ぶ。

 ちゃっかりマハルと紗良も列に加わっていた。


 マハルはクレリアの背中越しに絡みつくような視線を送る。


「クレリアちゃん、あとで一緒にお風呂入ろう。一緒にからだの洗いっこしようね」


「近寄るな、ヘンタイ!」クレリアの毒舌が炸裂した。


「3、2、1、はい、笑って!」


 アストリアは子どものころ念写に映るのが嫌いだった。

 いま思うとその後に起こる自分の運命を魂が知っていたのかもしれない。


 だがいまはぎこちなく微笑みの表情をつくってクレリアの隣に座った。


「人数分やきましをつくるぞ。

 譲羽ゆずりは神社の巫女には話を通してある。

 明日転送が済み次第、東亰爆心地ダンジョンに潜るがよかろう」


 マハルはグラスを片手に一同を顧みた。

 フランクがあとを継いだ。


「いよいよ最後の戦いだ。

 東亰爆心地の深部にあるはずの魔剣ヴォーリアを回収する。

 3つの神器がそろえば癒しの女神復活と再生の儀式ができる。

 いままでの旅は人間ヒューマンが敵だったが爆心地には最強クラスの遺跡ルイン・モンスターがいることだろう。

 アストリア、シオン。君たちが頼みだ。クレリアを護衛してくれ。

 アルフレッドも同行を頼む。

 非戦闘員であるフェイは地上で待機してくれ」


「わたしは、そうね。戦闘は無理だわ、クレリアちゃんが心配だけど。

 封印都市までは同行させて。譲羽神社でみんなの帰りを待ちます」

 フェイは一升瓶に口づけして酒を呑んでいた。

「ただ酒は美味いわ~」


「酔っ払いめ」

「聞こえてるぞ、サド眼鏡!」フランクの陰口にフェイが絡む。彼女は酒が回っている。

「君の暴言にはもう限界だ」

「誰かフランクを止めろー! 破壊魔法を使う気だ!」

「警らを呼べ!」



「クレリア、ちょっと外に出ないか」宴の喧騒をよそにアストリアはクレリアに目配せした。

 クレリアは無言で会釈した。

 ふたりはテラスに出た。

 星空が浮かんでいた。ふたりの呼吸はたちまち白く色づけされた。


「この旅が終わったら、ふたりで暮らさないか。東方は住みやすいところだ」

「ふたりで?」

 クレリアは意味がわからないといった顔をしている。


「ネコを飼おう。

 アゼルのこと思い出してしまうかもしれないけれど、オレたちの子どもだ」


「………。」


「料理はふたりでがんばろう」


「なにをいっているの? 傭兵さん」


「プロポーズのつもりなんだけど」


「プロポーズ?」クレリアはきょとんとした。外気に鼻先が少し赤くなっている。


「受け入れてくれるかな。オレの愛を。この国では女性は16歳から結婚できるそうだ。

 あと2年したら結婚式をあげよう。

 クレリアはときどきオレのことイヌ扱いするけど、優しくてかわいいご主人様に飼われるのは悪くない」


 クレリアは言葉もなかった。上目遣いで彼を見かえす。

 アストリアはほほを人差し指で掻いた。


「答えをきかせてくれないか」


「そんなにご主人様のことが好きですか。このワンちゃんは」


「そうだよ! 好きだよ! いじわるだぞ。クレリア。

 ……オレの人生でクレリアに出逢えたことが一番の幸せだ」


「ほんとう? セレナさんよりも⁉ あ……わたしったらなんてことを」

 クレリアは両手で自分の口を塞いだ。


 アストリアは怒らなかった。「セレナは自分の人生を探していたから、オレを選んでくれなかったと思う。オレはいま目の前にいる人間を大切にしたい。クレリアを」


「指輪は? 指輪がないなんてやだ」


「指輪……!」


 アストリアは目に見えて狼狽した。


「待ってろ!」


 なにを思ったか、食堂に戻っていった。


 数分後、皿をもったアストリアが戻って来た。


「見ろっ。ディナーのイカリングがオレたちの婚約指輪だ」


 ふつうの女性なら侮辱と受け取って怒りだすだろう。


 クレリアは一見言葉がなく震えだした。


「おいしそう!」


 アストリアはイカリングをつまんでクレリアの口元に運んだ。


 パクっ

 クレリアはイカリングを食べてしまった!


「しまった! あんまりおいしそうで答えをいうまえに食べてしまった!」


「へへ、オレの作戦勝ちだな。オレはこう見えて金持ちだからな。結婚指輪は食べきれないほどのイカリングを……」


「イカちゃんからはなれて! まだ返答してないですよ。

 そうですね。旅が終わったら答えをいいます」


「そりゃないよ! クーちゃん。あんまりだよ!」


「わたしの答えはもう決まっているの。ふたりの未来にとって、悪くない選択だよ」


 クレリアは笑顔で答えた。

「へっへっへっ」アストリアは照れ笑いした。


「結婚したらオレが持っているものはなんでもやる」


「たくましい腕は?」


「あげる」


「わたしを守るためについてしまった傷は?」


「あげる」


「優しい眼差しは?」


「あげる」


「のこりの人生は?」


「なんでもあげる」


「じゃあ、わたしも同じものをあげます。ただし、結婚するまではおあずけです」


「星が綺麗だな。リンリクスもとびきり綺麗だ。いとおしいくらいに」


 クレリアは銀月リンリクスを見上げた。たしかにリンリクスは煌々と輝いている。

 でも……、わたしのことかな?

 この人ってときどき天然で口説いてくるよね。


「ねえ、傭兵さん」


「名前で呼んでくれよ。いまだけ、今晩だけは」


「アストリア。

(大空を指さして)また星が流れたよ。

 わたしたちは星になれるかな?

 それとも、一瞬だけ輝いて消えてしまうたくさんの流れ星かな」


 アストリアはクレリアを抱き寄せ髪の匂いを嗅いだ。


「誰にもかき消せるもんか。この瞬間は永遠なんだ」


 力強く彼女を抱きしめた。

「愛してる」


 抱きしめられた彼女の顔は悲痛で歪んでいた。

「いまわたしの顔を見ないで。泣いてるから」

「うん」


 ごめんね。

 傭兵さん。

 わたしたちは一緒にはなれないの。

 それはこの物語がはじまったときから決まっていたことなの。

 わたしは結末を知っている。

 この物語は悲劇で終わる。

 わたしがどれくらいこの結末を変えたかったか。


 わたしは人間じゃないの。


 機械人形オートマタなの。

 誰かに愛されてみたかったから、貴方をだまして惚れさせたの。

 癒しの女神を復活させたときわたしの心臓は止まるの。

 そういうふうに造られたの。

 愛してる。

 人間になりたかった。

 人間として貴方と添い遂げたかった。

 ごめんね。傭兵さん。

 わたしの想い人。

 わたしたちは結ばれない運命なの。



    つづく


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