第十七章 絶対封印都市 東亰

 翌日早朝、一同は城の地下に案内された。

 地下3階まで降りると、ドーム状の地下室についた。


 アストリアは既視感を覚えた。

 ライナスが自分を裏切ったダンジョンの最深部に似ている。


 地面には精緻な魔方陣が敷かれているだけでなく、壁や天井一面に魔方陣が描かれている。


 この部屋がいつ造られたのか問うとつい最近という答えが返ってきた。


 紗良さらの説明では東方の首都イスタリスと封印都市アザナエルの通信のためにつくられた部屋だという。


 アザナエルは現在治安が悪く多くの支援が必要な状態なのである。


 紗良さらはこの部屋で東方、ひいては世界中の平和と平穏のために式神を駆使して働いている。


 ロウのアークメイジの仕事は小さな犯罪の監視ではない。テロリズムや戦争の防止、人類全体を調和に導くことが使命である。


 中立ニュートラルのアークメイジは善と悪、光と闇の調和のために。


 混沌カオスのアークメイジは停滞を防止し、世界を活発化する役割がある。


 三人のアークメイジが世界の理を司り人類を良いほうに導く役割がある。


 ドミニオン戦争、のちの世に第一次北半球戦争(Northern hemisphere war Ⅰ)と呼ばれるいくさは法のアークメイジ不在のときに勃発した。


 混沌のアークメイジ、ダルダスタン・グレイナルはドミニオン戦争のあと行方不明になった。彼がドミニオン戦争の裏で糸を引いていたともいわれている。


 現在混沌の座は不在状態で、アークメイジは本来の機能を果たしていない。


 だが、世界は依然として混沌としていた。


 大陸では再び北半球全体を巻き込む戦争が起こるのではという噂が絶えなかった。そうなれば癒しの魔法を復活させたところで、莫大な死人を生きかえらせることなど不可能である。


 実際に大陸西部ディルムストローグ帝国とグランベルは軍事大国で、中央のワルーヴィスとは前大戦で対立したこともあり、民族的対立がつづいていた。


 多民族国家のエルファリアも他人事では済まず、戦争が起これば国家が内側から崩壊する可能性もある。


 東方も戦火を逃れられるかわからない。


 どの国でも軍事費と魔術師の育成にちからを入れざるを得ない現状である。


 大陸ではエル・ファレルしか正規の魔法学校は存在しないが、非正規で攻撃魔法を学ばせようとする機関もあるという。


 ドミニオン戦争の傷跡は大きかった。


 世界中で民族の対立・差別、そして分断が広がりつつあるのだ。


 紗良さらはそのことに責任を感じているという。




「ところで紗良様、聞きたいことがあります」アストリアはきりだした。


「紗良でけっこうですよ。アストリア・ウォルシュ」


「ライナスという男を知っていますか? アークメイジならなにかご存じでは?」


「ライナス・バストラル。魔導学院の天才ですね。

 わたしは東方の出身なので直接会ったことはありませんが……。

 呪文による通信で中立のアークメイジ、シオメネスが彼について話していました。


『われわれアークメイジに匹敵する魔術師はライナス・バストラルだけだろう。

 彼は制約がない分ちからを存分に使える。この世界を良いほうにも悪いほうにも導けるだけのちからを持っている。

 彼が魔法を悪用してわれわれアークメイジと対立したら厄介なことになるだろう』


 彼とどんな関係ですか?」


 アストリアはライナスとの関係を語った。

 視線はときおりフランクに向いた。フランクはなにかを隠している。それを暴くならいましかないだろう。


「オレはやつと旅をしていた。

 ライナスはある地下迷宮ダンジョンでオレを裏切って姿を消した。

 やつは死体回収屋を名乗っていた。

 それだけではなく、ネクロマンシーの研究もしていたという」


「ネクロマンシー! 死者にかりそめのいのちを与える魔法。

 東方でも禁忌の魔術です」


「やつの目的は依然として不明。あのダンジョンがなんだったのかも不明。裏切った理由も不明。謎が多すぎる」


「シオメネスはもうひとつライナスについて語っていました。

『天空のアークトゥルスの固有運動がありえない動きをしていた夜、ライナスの星が消えた。星詠みのちからをもってしてもライナスの星が見えなくなった』と。

 それ以降ライナスの活動はわたしの式神でも感知されないのです。

 死亡した可能性もあります」


「死亡した可能性……」

 アストリアは復唱したがまったく釈然としなかった。


「フランクはなにも知らないのか?」


「知らないな」

 フランクは眼鏡に触れることもなく答えた。


「本当に?」


「ちょっとくどいんじゃあないのかな?」質問に疑問形で返す。


 そのときクレリアの様子が明らかにおかしかった。

 絨毯が敷かれた床に視線を落とし目を伏せている。


「クレリア?」

 名前を呼ぶとビクッとして慌てふためいた。


「わたしはなにも知りません!」


「あたりまえじゃないか」

 クレリアはまた目を伏せた。


……なにか知っている?

 だが、アストリアは問い詰めなかった。


 それをすればクレリアが目の前から消えてしまうような予感がしたのだ。


「そろそろ転送の時間ですね。

 この話はまた帰って来てからいたしましょう」


 紗良さらが言葉をマハルが引き継いだ。


「みな生きて帰ってこい。大いに期待しておる」


「魔方陣の中心へ」


 紗良の言葉を受けて一同が円の中心に入ると彼女は両手で印を結んだ。

 ブルーサファイアの瞳が静かに反応し、地面が一瞬だけ黄金の光をはなつと光環が上昇して景色が変わった。





 目の前に古い建物があった。

 それは〝神社〟だった。




 建物は古いが毎日手入れをして寂れた様子はまったくない。

 周囲の景色を見て驚いた。

 結晶化したビルディング類、そして高さ634レーテ(1レーテはおよそ1メートル)にも及ぶ巨大な塔が遠目に見える。美しい水晶塔に見えるそれは、紛れもなく前人類77億人の墓標であった。



 ここは東亰爆心地。別名封印都市アザナエル。



 魔王召喚時のあまりのエネルギーに魔界的物質で化石となったかつての東亰の姿だった。


 もはや解体するすべもない煌めきの塔は、かつては都心部の地上デジタル放送を司り、災害時も機能を果たすはずだったが、魔王降臨には完全に無力だった。


 神社周辺は森が広がっていてささやかな静寂があった。

 そのことがかえって奇妙な光景を際立たせている。


 いまいる場所は譲羽ゆずりは神社の境内に描かれた魔方陣のなかで、転送魔法によって一瞬で移動したのである。


 本殿のまえに巫女が立っていた。


 神凪かんなぎマハルからの連絡で待ち受けていたのであろう。


 黒髪で白磁のような透き通った肌に夜空のようなきらびやかな瞳、クレリアよりは年上に見えるが少女の面影も残っている神秘的な女性だった。


 人種は違うがどことなくクレリアと雰囲気が似ている。


「わたくしは譲羽ゆずりは神社の巫女、譲羽ゆずりは紫乃しの

 あなた方をお待ちしておりました。こちらへ」



  つづく



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