第十八章 譲羽神社

 神社の本殿のまえに巫女がたっていた。

 マハルからの連絡で待ち受けていたのであろう。


 黒髪で白磁のような透き通った肌に夜空のようなきらびやかな瞳、クレリアよりは年上に見えるが少女の面影も残っている神秘的な女性だった。人種は違うがどことなくクレリアと雰囲気が似ている。


「わたくしは譲羽ゆずりは神社の巫女、譲羽ゆずりは紫乃しの

 あなた方をお待ちしておりました。こちらへ」


 紫乃に案内されて一同は別館の建物に案内された。社務所という。彼女はここに住み込みで働いているという。


「癒しの魔法を復活させるために大洞穴に潜るとか。

 案内あないいたします。大洞窟に潜るまえにご祈祷を受けていただきます。

 大洞窟では瘴気が満ちておりますゆえ、神のご加護がなければ肺が腐ります。

 それと、わたくしは政治に口出しいたしませんが、いたずらに癒しの術を使ってなんでも助けるというのは自然に反しているようにも存じます。

 このことをお忘れなきよう」


 楔のような発言だった。彼女は幼く見えるが威厳があって、誰も彼女の発言に口をはさめなかった。現に癒しの女神が殺害された理由は無制限に癒しの魔法を行使したために、最高神の勅令がくだったのだ。


 本殿内で祝詞がはじまった。紙垂しでを頭上に振り回す。


「祓い給い 清め給え 神ながら奇しみたま 幸え給い」


 つづいて祓祝詞はらえことば


けまくもかしこ伊邪那岐大神いざなぎのおほかみ筑紫つくし日向ひむかたちばな小戸をど阿波岐原あわぎはらに、御禊みそぎはらたまひしときせる祓戸はらへど大神等おほかみたちもろもろ禍事まがごと罪穢つみけがれらむをば、はらたまきよたまへとまをこと聞食きこしめせと、かしこみかしこみまをす」

『祓詞』フリー百科事典Wikipedia日本語版 2023年12月4日11時(日本時間現在での最新版より引用)

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%93%E8%A9%9E)



 紫乃しのはアストリアの前で止まった。

「貴方は不思議な瞳をしていますね。激しさと穏やかさを併せ持つ大海のよう。はじめて逢ったのに懐かしい」


「あんたも眼が綺麗だな」


「いやですわ。口説いていらっしゃるの? わたくしたち初対面ですのに」紫乃の頬が紅色に染まった。


 そのときクレリアがアストリアの股間をわしづかみにしてつねくった。


「イテー! どこ触ってんだ⁉」


「浮気は許さないといったはずです。眼が綺麗って誰にでもいってる! 許せない」


 アストリアとクレリアのやり取りを見た紫乃は口元を抑えた。次第に笑い声が漏れた。


「殿方のアソコをいま……、フフっ。可笑おかしい。子どもがつくれなくなったらどうするのよ」


 紫乃の笑いはしばらくつづいた。彼女は笑い上戸なのだ。収まるまで相当な時間がかかった。


 紫乃は咳払いしてつづけた。


「かつてのこの国の人々は神様をとても大切にして各地に神社を建立し奉ったのです。

 大災害後、この国の神の名を忘れてしまう人々も多かった。寂しいですが、それも仕方ありません。

 わたくしは最後の巫女として東亰爆心地の封印と霊峰富士を静めています」


「霊峰富士……?」


「富士が噴火しないのは代々の譲羽の巫女が静めているからです。

 魔王降臨の際も富士は噴火を免れました。

 ですがこの神社が祀ろうているのは禍津日神まがつひのかみ。千年前の凶時の折、この世を呪いながら死にたもうたひとりの少女はこの世に災いをもたらす神格を持つまでにいたったのです。

 わたくしがこの神社を離れれば、すぐさま大洞穴から魔物たちが押し寄せてくるでしょう。

 あなた方が東亰爆心地と呼ぶ、大洞穴はこの神社の建っている崖の真下にあります。この世界に存在する迷宮のなかでもっとも邪悪で強力な魔物が封印されています。気をつけて。

 それと気になることがひとつ。

 数日前、一瞬だけ結界がこじ開けられ、何者かが侵入しました。

 わたくしの封印結界をこじ開けるなど、ただものではありません。

 その後の調査によると大洞穴内部に潜っていったようです」


 これからラストダンジョンに突入するまえに不吉な話である。

 一同は顔を見合わせた。


「ライナス……?」


「そうとは限らない。未確定の情報から憶測することはもっともしてはいけないことだ」フランクが眼鏡に触れる。


 紫乃に案内され崖下に向かう階段を下った。建物の内部から降りられるように階段が造られていた。


「気をつけて。この階段は途中から急になっていますから。

 かつての東亰はビルディングや住宅がところ狭しとひしめきあう有様だったそうです。

 発展を求めることは良いけれど、急ぎ過ぎて、たくさんのものを切り捨てていたのかもしれませんね。

 それが幸福の格差を生み、しっぺ返しのように大破壊が起こった。

 大破壊後、自然が再生したことは計り知れない惑星の意思を感じます」


 15分ほど階段を降りると崖下の大洞穴まで来た。しめ縄がつけられている。


「わたしは巫女様と一緒にみんなの帰りを待っているから。

 アストリア君、あなたが壮絶な過去を持っているのは誰かを救うためだった。そんな気がするの。クレリアちゃん、アストリア君と仲良くね。

 シオン、あなたとはもっと話しかった。

 こんど会ったときはみんなで女子会やろう!

 アルフレッド君、盗賊って悪い人たちだと思ってたけどあなたは特別。あなたほど人格者の滅多にいない。やっぱり自分の目で確かめないと生の小説は書けないわ。

 フランクさん、あなたは意地悪だけど憎めない性格してる。クレリアちゃんを泣かしたら許さないから。

 わたし、いつか本を書こうと思う。あなたたちの物語よ。

 タイトルはそう、『セカイが壊れるオトがする』。

 いま浮かんできた。これしかあり得ない」


 フェイが胸元の髪をもてあそんで別れを告げる。


 洞穴の暗闇を見て全員鳥肌がたった。

 暗いだけではない。霊感がない人間でも危機を覚えるほどの邪気が満ちている。


「いくか」

 アストリアが皆を振りかえった。


「ライナスや琴流享祗朧ことながれきょうしろうのことも未解決だが、それはいずれ解決するだろう。

 気になることがある。アンアリスの日記にあった『不死鬼ふしき』のワードだ。ただの偶然なら良いが、いまは癒しの魔法を復活させることに注力する」


 フランクが一同の目を順番に見る。


「アストリア、君の報酬を考えておいてくれたまえ。妹の生死に関しては、残念だったな。

 代わりの報酬が必要だと考えている。

 この旅が終わったらなんでもいってくれたまえ」


「報酬ねえ。ま、考えておく」


「シオン、君もだ」


「了解した」


 紫乃が束になった霊符をかざすと自然発火した。

 蒼い炎が静かに燃えている。

 熱くないのだろうか。紫乃は素手で燃えている霊符を掴んでいる。


「一時的に結界を解きました。

 いまから15時間出入りできます。

 その15時間を過ぎたら結界を閉じさせていただきます。

 結界というものはなんども開いたり閉じたりできるものではありません。

 瘴気が地上に悪影響を及ぼさないぎりぎりの範囲です。

 よろしいか」


「承知した。行くぞ」

 フランクの合図でアストリア、クレリア、シオン、そしてアルフレッドが前世界崩壊現場である東亰爆心地ダンジョンに潜っていった……。

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