第十三章 いのちがけの交渉 前編
1時間後、クレリアとアストリアは重なった状態でフランクに発見された。
クレリアは衰弱していただけでいのちに別状はなかった。
問題はアストリアである。
腕からの出血は致死量すれすれで意識が戻らない。
また移動させることも困難であった。
意識を回復したクレリアはフランクに懇願した。
「マスター! 傭兵さんを助けてください、お願いします! どんな罰も受けます! もう命令には逆らいません、だから彼を助けて!」
フランクの視線も回答も冷たかった。
「彼はいま血が足りない状態だ。彼を救うためには輸血が必要だ」
「それならわたしの血を……」
「ダメだ。血の型があわない。
輸血に関して大雑把にいうと血液型があわないと血が凝固して死ぬ。
わたしはこのパーティの血液型を髪の毛から調べて把握しているがアストリアをO型とするなら私とアルフレッドはAB型だ」
「わたしは……?」
「もともとおまえの人工血液をふつうの人間に与えることはできない。
あえていうならおまえはA型だ。
上方互換性を持っているので、同じ血液型や、O型の人間から血を貰うことは可能だ。
シオンの血液型はまだ調べてない。失念していた。
血液型の分類は実際はもっと細かいが、おおざっぱに説明するとアストリアはO型の血液以外受け付けない。
アストリアはRHプラスなのでマイナスの説明は省くぞ。
O型の人間は他の血液型の人間に血を与えることは出来るが自らは同じ血液型しか受け付けないのだ。
この場にはO型の人間もいないし、なにより輸血に必要な清潔な輸血器具もない。あるいは街まで行けば可能性はゼロではないが、魔界の召還以来、人類の医学レベルは著しく後退した。
崩壊後のこの世界で、血液型の概念を知っている医者は少数だ。
医学水準が高い国まで危篤状態の彼を運ぶこともできない。
つまり彼を助ける方法はない」
「血を飲ませてもダメなんですか」
「あたり前だ。血管から血管へ、輸血器具を使わなければ。
仮に血を飲ませたとしたら胃が荒れてもっと衰弱する。あるいはむせて、そのまま死亡するかもな。
まだあるぞ。かつては遠心分離機にかけた血液を成分輸血していたそうだが、そんな技術も魔法も現代には存在しない。
輸血できても感染症のリスクは避けられない」
クレリアは地面に膝をついた。
そして両手をそろえて自分の頭を地面に接触するまで下げた。
「シオンさんがO型かもしれません。
魔法を使ってください、彼女をこの場に呼び寄せてください。
マスターならなんとかできるはずです」
フランクは土下座するクレリアを見下ろした。
「だめだ。
特定の人間を召喚する魔法など存在しない。
かりにシオンをこの場に呼んだとしても彼女が別の血液型だったらどうする?
O型だとしても輸血器具はどうする?
私はそんなもの持ち歩いてないぞ。
自らの愚かな行為の報いとして彼の死を受け入れろ。
そして旅を続けろ。
予定より彼を始末するのが早まったが、これでもうおまえは癒しの女神を復活させるしかない。
そうすれば彼は生きかえるぞ。
計画通りだ」
フランクはむしろ状況を楽しんでいるかのようだ。
クレリアは唇を噛んだ。
「なんでもします。
裸で逆立ちしろといわれたらこの場でしてもいいです」
「おまえらしい下品な発想だな。
私は女性を辱めたりしない。
だめなものはだめだ」
冷酷な言葉にクレリアはそのままの姿勢で泣いていた。
涙がまつ毛からぽたぽたと地面に落ちた。
「いつまで頭を下げているつもりだ、頭をあげろ。
女性に土下座されるなど、私の品格にかかわる」
「お情けをいただけるまでです!」
クレリアは地面に頭をこすりつけた。
「だめだ」
クレリアは立って、アストリアの腰から短剣を引き抜いた。
「なにをするつもりだ? 私を脅そうというのか?」
「……それも考えました。
でも襲いかかってもマスターは魔法で反撃するでしょう」
「そうだな」
「貴重な魔力を使ってしまったら彼を助けられないかもしれない。
だから、交渉します」
「交渉?」
クレリアは左手に持った短剣を右手首にあてた。
「……」フランクはそれを冷たい視線で見ていた。
「わたしが死ねばあなたの計画は台無しになる。違いますか」
つづく
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