第十三章 いのちがけの交渉 後編
「わたしが死ねばあなたの計画は台無しになる。違いますか」
「そうだな」
フランクが二の句を継がないのでクレリアがつづけた。
「じゃあ、わたしがこの短剣に力を込めない代わりに彼を助けてください」
フランクの視線が眼鏡越しに赤く燃え上がった。
「脅迫となにが違うんだ?」
クレリアはフランクと視線を合わせた。「これは交渉です」
「もし、おまえの代りはいくらでもいるといったらどうする?」
「そんな! うそだわ。ほかの
それはまだ語られていないクレリアの過去に関係していた。
「何事にも予備は必要だ、そうだろう。
私
フランクは中指で眼鏡の位置を直した。
「ブラフだわ」
「どうかな?
どうした? その短剣を引かないのか?
いいか、研ぎ澄まされた刃物というのは力を籠めるのではなく引いて斬るんだ。
おまえがわずかにその剣を引くだけでおまえの右手首は落ちるだろう」
「くっ……」クレリアは短剣を落とした。そしてその場に泣き崩れた。
「ひどい、ひどい、こんなに意地悪な人会ったことない!
大っ嫌い! 少なくとも彼を助けないならわたしは旅をやめる!
今日あなたがわたしにいったこと、一生恨んでやるー‼」
そのままクレリアは癇癪を起した子どものように泣きつづけた。
「わたしは顔がめんこいわりに執念深いんだからね!
いつかこの日のことを這いつくばって後悔させてやるー‼」
その間、フランクは計算していた。コストを。
これだけの戦闘力をもった手駒はめったに手に入らない。
ラストダンジョンには魔神クラスの
ここでアストリアを助けられるならそのまま旅を続けたほうが純粋にリスクが少なかった。
彼が死ぬタイミングはいまがベストではない。
それだけでフランクの気はかわった。
「……。転送呪文を使うか」
クレリアは涙目のままでフランクを見た。
「転送魔法で彼を街に転送すれば助かるかもしれない。
どうした?
嬉しくないのか?
条件がある。二度と逆らわないこと。
予定通りに癒しの女神を復活させること。
おまえのからだの秘密を一生彼に話さないこと」
クレリアは〝ありがとう〟がいえなかった。
ここまで意地悪なことをされたら感謝はしても礼の言葉はでない。
ただ、袖で涙を拭いた。
「いまから座標計算をはじめる。
移動先にあらかじめ魔方陣を描いておけば複雑な計算式は必要ないのだが、今回はそれができない以上少し時間がかかるな。
まず宿に待機しているアルフレッドに受け入れの準備をしてもらう。
言霊を届ける呪文で輸血器具とO型の血液が必要なことを医者に伝えてもらおう。
万が一に備えて彼に通信用宝珠を渡しておいたのが正解だった。
座標計算はそれからだ。
宝珠が向こうにあればそれを魔法探知することで我々との相対的な座標計算が可能だ。
星が見えれば座標計算はそれほど時間がかからない。
それでもあの村に輸血器具がなければ彼は助からない」
フランクは淡々と説明をする。
クレリアはなにもいわなかった。
可能性がゼロではないことが重要なのだ。
フランクはことの次第を魔法でアルフレッドに伝えると空を見上げながら座標計算を始めた。
クレリアとアストリアが川に飛び込んだのが夜。
アストリアが意識を失ったのが深夜。
フランクと合流したのが未明。
朝日が昇るまえ、星が消えるまえに現在座標の計算を終えなければならない。
こうしている間もアストリアの生命は死に近づいている。
クレリアにいまできることはフランクの座標計算を邪魔しないことだ。
フランクは洞窟の外にロウセキで複雑な魔方陣を描きはじめた。
「運のいい男だ。今日の空が曇っていたら座標計算は不可能だった。
この快晴は、彼に幸運の女神がついているとしか思えないな。
ふふ、もっとも幸運ならはじめから怪我をしなかったかもしれないが」
その言葉はクレリアにとって看過できないものだった。
「いま皮肉や嫌味をいってる場合ですかね!」
その言葉にはフランクを沈黙させるには十分な言霊がこもっていた。
日が昇るのが遅かったことが幸いして転送用魔方陣が完成した。
「呪文を発動する。彼を円の中心に」
フランクの言葉に、クレリアはアストリアのからだを引きずって魔方陣の中心に入った。
「正確な計算をしたつもりだがもし誤って石の中などに転送されたら私たちは即死する。覚悟を決めろ」
クレリアはアストリアを背中から抱きしめた。
フランクが腰の魔杖を掲げ魔法を発動した。
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