第三章 カインとマーシャ

 およそ1ヶ月後、彼らはついに中央大陸ファーレーンをぬけ、大陸最東部に辿り着いていた。


 大陸東部は別名シャングラン地方とも呼ばれている。

 その間奇妙なくらい暗殺集団ヴァルケインは現れなかった。


 季節はもう冬。

 ファーレーンは比較的穏やかな気候だが大陸東部シャングランの冷え込みは厳しい。


 本来冬に冒険をすることは自殺行為だが、旅は強行された。

 全員防寒具を着込んでいる。


 彼らの旅の目的は癒しの女神を復活させ地上から消滅した治癒魔法をふたたび発動するようにすることである。


 フランクの旅の目的である恩人の貴婦人の病を治すにはタイムリミットがある。

 

 そして癒しの女神の復活には東方の聖地イスタリスで巫女であるクレリアが祈りと舞を捧げること。


 そしてもうひとつ天体と月の配置も重要だという。

 ベストな天体配置まであと数ヶ月に迫っていた。


 寒さに打ち震えながら旅をつづける。

 旅の最中で新年を迎えた。


 シャングラン地方の通貨はオリエンという。

 大陸西部では金貨が3枚あれば1年は暮らせるといわれている。

 同じ金額を東部で換金すれば10年は生活できるくらい物価が安い。

  

 彼らには新年を祝う余裕も物資もなかった。

「東方に渡る手段を考慮しなくてはならない。東方は島国。海は荒波でめったなことで東方行きの船はでない。大陸から分断されて手紙なども容易には届かない。情報が乏しいのだ」


 フランクが眼鏡に触れながら重要事項を説明する。


「わたしは船で東方から大陸に渡ったが、1年のうちで東方と大陸のあいだで船の行き来があるのは海が穏やかな初春だけだ」

 シオンが補足説明する。


「あの村で補給をしよう」

 アルフレッドが提案する。

 

「あの村はシンチェンというらしい」

 フランクが地図を広げた。


 「風呂入りたいな、野宿だとからだバキバキだよ」

 シオンは背伸びした。


 村に入るとちょうど夕方で催し物をしているのが見てわかる。

 冒険者にも開かれた村で身体検査などなくすぐ入れた。


「今日は新年のお祭りなんだよ、あなたたちは運がいいね」

 村人が歓迎する。東部地方の村は建築様式なども様変わりして木造建築が多い。


 フランクは宿の前で立ち止まった。

 「この宿にしよう」

 看板には『銀のしっぽ亭』と記されていた。


「じゃあオレは祭りを回るかな」

 アストリアの言葉に、クレリアはジトっとした眼で睨んだ。

「エロいもん買いに行くんじゃないでしょうね」

「ばか、祭りの日にそんなことするかよ」


「あなたならやりかねない」

「一緒に回ろうぜ、クレリア」

 その言葉は彼女にとって嬉しいものだった。


「わたしはさきに宿に向かうぞ。

 腹が減ってしかたがない」

 シオンはフランクと同行するようだ。


 やったぜ! お邪魔虫も消えた。


 クレリアはほくほくと幸せそうな顔で彼の隣を歩いた。

 アルフレッドはクレリアの想いを聞いていたので敢えて同行しなかった。


 クレリアは高揚していた。

 彼氏と夜祭デート、今夜の思い出は一生忘れられないものになるだろう。


 屋台や吊るされた提灯を物珍し気に歩くふたり。

「あれ、なに?」

 クレリアが指さしたのはりんご飴とあんず飴だった。

「食べてみたい」

「そうだな」


「はい」

 クレリアはアストリアのほうへ手を差し伸べた。

「なに?」


「おこづかい。おこづかいがなきゃ食べられないでしょ。そんなこともわからないんですか」


「ふざけんなよ。当然のようにオレに無心するなよ。まぁいいか」


 アストリアはいくらかの路銀をクレリアに渡した。

「これとこれ、両方ください」

 クレリアは背伸びしてお店の人に話しかけた。


「あいよ」店のおやじがぶっきらぼうに接客する。

 クレリアが銅貨を払ったが、店の主人は背が高いアストリアのほうに商品を渡した。

「クレリア、どっちが食べたい?」

「両方」

「食いしん坊だな」

 アストリアは笑ってまずりんご飴を渡した。

「べとべとしてるから気をつけて食べろよ」


 しゃり……


「不思議な味です。

 外側は甘いけど中身は少し酸っぱい。

 これはりんごの味ですね」


 このときふたりは『りんご飴』を認識した。

「味見してみてください」

 クレリアは食べかけのりんご飴をアストリアに渡した。


 え……、間接キス。ま、いいか、クレリアは子どもだし。


 アストリアは戸惑いながらりんご飴をかじった。

 なぜだろう。

 りんごの味というより間接キスの味がするような気がする。


 その間にクレリアはあんず飴を食べてしまった。

「あそこの小屋でなにかしてるみたいですよ」

「ちょっと覗いてみよう」


 大きなテントの天幕をめくって中に入ると壇上で芝居をやっていた。


「途中みたいだな」

 アストリアは小声で隣にいる彼女に話した。

 役者のせりふが聞こえてくる。芝居はクライマックスのようだ。



『……神として宇宙を漂っていた永遠のような時間より、人間としてあなたと過ごした1週間のほうがずっと楽しかった。

 ぜんぶ、きみが名前を呼んでくれたからだよ』


 女神の衣装をまとった女が若い男性の役者に告白している。


『行かないでくれ、マーシャ!』

 男性役者は悲痛の表情で叫ぶ。


『人間の肉体は神の魂に長く耐えられないの。カイン、ごめんね。愛してるよ』


 マーシャと呼ばれた女性は舞台装置でつりあげられ昇天していく。


『待ってくれ、マーシャ!』


『もし願いが叶うなら、人間に生まれ変わって、ひとりの女としてもう一度あなたに初恋したい。わたしの願い事は誰が叶えてくれるのかな……』


『生まれ変わった君を必ず見つける。僕の魂にかけて』


 マーシャはふっと微笑み、背伸びしたカインと一瞬だけ抱き合ってキスをした。


 照明が落とされ再び明るくなると壇上に男がひとり残っていた。

 もう男のセリフはなかった。


 幕が落とされ壇の端から司会が現れた。

「以上で上演を終わります」



 印象的な話だった。アストリアがチラシを見る。

『1週間だけ人間に生まれ変わった女神と純朴な青年との恋物語』


 劇の内容が理解できた。

 人間に生まれ変わった女神が男性と恋に落ちて、愛を誓うが別れが訪れる。


 そのクライマックスシーンだったのだ。

 ふと見るとクレリアが号泣していた。


 つづく





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