第二章 鯖

 次の日の朝のこと。

「どうしたクレリア? ひどい顔してるぞ。顔が赤いし眼も少し腫れてる」

 アストリアがクレリアの顔面をのぞきこむ。


「………。」

 クレリアは彼の顔を見た。


 そうだ、アストリアとシオンが結婚するときは結婚式に乗り込んでぶち壊してやろう……


「ふふ……ふふ」

 クレリアは引きつった笑みをうかべた。


「怖っ! フランク、水中毒ってノーミソにも悪いのか?」

 アストリアは大袈裟に驚いた。


「彼女の精神構造は私にもわからない」

 フランクは嫌そうに横目で見た。


 残念ながらこのパーティにクレリアが一晩泣いていたことを察することができる人間はいなかった。



「拾い食いでもしたんじゃないか。この子どもは食い意地が張ってるからな」

 シオンの雑な物言いにクレリアは怒った。


「子どもいうな! 名前で呼んでください!」

「イヤだね」


 シオンはクレリアを見下した。

「女性同士仲良くしろよ」

 ついアストリアが口をはさむ。


『はぁ⁉』

 クレリアとシオンは異口同音に怒りだした。


「あなたは男性ならどんな人間とでも仲良くできるんですか⁉」

 クレリアは凄い剣幕だった。


「できないけど」(アストリア)

「自分ができないことを人にさせようとするな‼」

 シオンが指をさした。


「どうしてオレに文句いうときだけ仲がいいんだ」

 アストリアは目を強くつむった。


「謝ってください!」(クレリア)

「そうだ、そうだ」(シオン)


「オレは自分ができないことを人にやれといいました。すみませんでした」

 アストリアは不服そうに謝った。


「よくいったな、クレリア。先ほどのおまえの態度は堂々としたものだった。これからは名前で呼んでやろう」

「光栄です。シオンさん」


 なんでオレにムカついたことが原因で仲良くなってるんだ。


「ため口でもいいぞ、クレリア」

 シオンがなれなれしくいうと、クレリアは困った顔をした。


「いくらなんでも年上の女性とため口で話すのは抵抗があります」


「ふうん」

 シオンは彼女にはもう興味がなくなったかのようにからだの向きをかえアストリアと話しはじめた。


 クレリアのフラストレーションが溜まっていく。

 許せないのはアストリアもまんざらでもなさそうなところである。


「おまえはわたしより背が低いな。シキに似てる」

「シキ?」アストリアは訊きかえす。


「わたしが可愛がっていた里の男だ。

 背がわたしより低くてからかうの楽しかったな」


 アストリアの身長は173クヴェル(1クヴェルはおよそ1センチ)で戦士としては小柄な方だった。

 シオンはアストリアよりわずかに背が高い。

「それ、絶対嫌われるやつだぞ」

「え?」


「〝え?〟じゃない、男子はみんな身長のこと気にしてんだ」

「本当に……?」


 シオンは驚愕という顔をした。

「本当って、知らねーのかよ。

 あたりまえだよ」

 シオンは過去の記憶をたどった。


 シオンは子どもの頃より高身長で同い年の男子はたいてい自分より背が低かった。


 昔から気に入った男子に声をかけるときは必ず身長を揶揄していた。


 ところが男子は自分が近づくと嫌な顔をして離れていくのだった。

 理由はわからなかった。


 真実は自分の無神経な言葉が男子たちのプライドを傷つけていたせいなのだ。


「あああぁ」

 シオンは十数年来の後悔でしゃがみこんだ。

 シキも身長のことをからかわなければ里を出ずにいたかもしれない。

「気にすんなよ、オレはもう気にしてない」


 アストリアは少年時代、初恋の女性セレナを見上げていたころは彼女より大きくなりたいと思っていた。彼女が死んだとき、吹っ切れたのだ。


 シオンはふらふらと立ち上がった。

「ちなみに、おまえの歳はいくつなんだ?」

 彼女はアストリアに尋ねた。


「23だけど」

「………。」妙な沈黙のあと、シオンは「わたしは18だぞ」

「ふーん」


 それは嘘だった。

 シオンは生年月日不明だが拾われた日から歳を数えている。

 数え年で彼より年上だった。

 

 彼女は相当鯖をよんだ。この誤解は最後まで解けることはなかった……。


 次章へ続く


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