プロローグ 第一章 セカイから棄てられた少女

   プロローグ 



 わたしはセカイが壊れるオトを聴いた。


 セカイが壊れるオトはまったくの無音。


 それでいてなにもかもが崩れ落ちていくのだ。 





  第一章 セカイから棄てられた少女



「シオン。これから話すことには守秘義務がある。もしパーティから離脱することがあっても口外しないでくれたまえ」


 エルファリアから隣国へぬけ、旅に余裕がでてきてからフランクは旅の目的を簡素にシオンに告げ、これからの目標も話した。


 あたりはもう夜。冷え込みも厳しかった。


 シオンは目立ちすぎるソードマスターの衣装から旅の女剣士ふうの装備に着替え、寒さに備えるコートも着用していた。


 一同の瞳に焚火の炎が映しだされている。

 

 癒しの女神復活のために神具アトリビュートを集めていること。


 残る神具はあとひとつであること。

 それが剣であること。


 そしてその剣は遺跡に眠っているが、どの遺跡なのかはわからないことである。


 シオンはフランクの話を驚きとともに黙って聞いていたが、思うところがあった。


 蘇生魔法が復活すればシキを蘇らせることができるだろうか……


 シキは彼女の初恋の男性である。


 フランクがいうにはその剣の居場所は容易に知ることは出来ない。


 その暗黒性が探知の魔法の網を吸収してしまうのだという。


「われわれは東方の聖地イスタリスに向かって旅をしている。

 手掛かりは古の伝説にある。セカイから棄てられた少女が魔界とのゲートを開いたとされる場所だ。東方のどこかだ。

 その遺跡に冥府の門を開くつるぎ。神殺しの剣〝ヴォーリア〟が刺さっているはずだ」


「なんだって⁉ セカイから棄てられた少女の伝説は東方の話だったのか?」


 アストリアはかつて彼とともに死体回収屋としてパーティを組んでいた魔術師ライナスの語った伝説を思い出した。


『ある少女が自分のいのちと引きかえに魔界との〝ゲート〟を開いた。

 そのときこの世界と魔界は一時的に地続きになった。

 いまから千年ほど前のことだ。

 セカイから棄てられた少女と云われている。

 魔族の血を引いていて、迫害されていた彼女を守ろうとした騎士が目の前で殺されたとも……

 彼女には巫女としての能力があった。

 本人は知らなかっただろうが……。

 それを知っているのはこの世界の一部の魔法使い、導師級の人間だけだろう。

 もっとも僕が証明することは出来ないし、信じるかどうかはきみの自由だ』



「そうだ。セカイから棄てられた少女が魔界とのゲートを開いた地は現在の東方だ」


 焚火の炎がフランクの色眼鏡カラーグラスに映りこみ瞳を隠す。


「おかしいじゃないか。

 癒しの女神殺害のための神殺しの武器がつくられたのは百年ほどまえ。

 セカイから棄てられた少女の伝説は千年前だったはずだ」


 アストリアは枯れ枝の一本をへし折り火にくべた。


「よく気づいたな。神具は一説に時空を超越して召喚に応じると古文書には書かれている。神具において時系列は関係ないのだ」


 フランクは眼鏡の位置を調節した。

 森のどこかでミミズクが鳴いている。


「なんかスケールが大きくなってきたな。東方は大陸から分断されていて情報がほとんど入らないし」


 アルフレッドは食後の一服として紅茶をすすった。


 クレリアは終始無言で焚火の炎に魅入られている。


 フランクはつづける。


「大穴があるはずだ。東方について知っていることを話してくれたまえ。シオン」


 シオンは口を開いた。

「おまえたちは知らないかもしれないが、いま現在の東方にはいくつかの集落がある。人口はかき集めても20万人にも満たない。イスタリスは現在の東方の首都だ。

 セカイから棄てられた少女の伝説は東方にも残っている。わたしが聞いた伝承を話すぞ。

 その娘は鬼の血を引いていたそうだ。髪や瞳の色がほかの東方の民と違っていたらしい。ただそれだけで彼女は迫害を受けた。

 迫害が頂点を極めたとき彼女は鬼の力を使ってこの世界を地獄絵図にした。それは彼女の復讐だった。

 わたしもこのなり・・だからな。彼女に親近感を覚えた。彼女について詳しいのは旅をしながら伝承を聞いて回ったからだ」


 東方の地でソードマスターの修行を修めたシオンの彼女の容姿は色褪せた長い金髪と、小麦色の肌、瞳の色は色素が薄いグリーン。


 国籍不明としか形容のしようがない。

 東方の地で少女時代に迫害に近いことを受けていたのだ。


「シオン……」

 アストリアは彼女を同情の瞳で見た。


「私たちは物語の核心に迫っているようだ」

 フランクが眼鏡をただし、喉を鳴らした。


「東方の地図が欲しいのだが。

 シオン、提供してくれないかね」


「ちょっと待て。わたしは東方の精密な地図を持っていない。大穴についてもよく知らない。

 どこに川があるとか、どこに山があるとか、そこを越えればどこに着くかとか、その程度の土地鑑と地図しかもっていない」


「それでもいい。話を聞かせてくれたまえ。報酬を望むのならその内容も伝えてほしい」


 フランクは焚火の炎越しにシオンを見つめた。


「報酬、そんなものが欲しくておまえたちの旅に同行しているわけではない」

 シオンはアストリアに視線を送った。

 鈍感なアストリアはその視線の真意に気づかない。


 逆にクレリアは気づいた・・・・


 このままだと傭兵さんは取られる……!

 ふにゃー!


「では地図を作成しよう。

 私がシオンの話を聞いて地図を作成するのでほかのものは自由に休んでくれ。

 なお、明日には小さな村に着くはずだ。そこで今後の準備を整えよう。

 中央大陸ファーレーンを出るまでいくつかの国を越えなければならないからな」


 その晩、クレリアはテントの中で声を押し殺して一晩泣き明かした。


 生まれてはじめて自慰をした。


 アストリアはきっとシオンを選ぶ。

 彼女とならいますぐにでも子どもをつくれるもの。


 わたしが求められることはないんだわ……!


 そう思えばそう思うほど、悔し涙を流しアストリアが半ば乱暴に自分を愛撫するところを想像したのだった。

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