シオンの追憶

 まだ東方を出て間もないころ、雨が降ってきた

 わたしが茶屋の屋根を借りて雨をしのいでいると、茶屋の女将おかみが店から顔を出した


「入っていかれたらどうですか?」

「カネがない」


 わたしは雨の中を駆け出した

 背中に彼女の視線を感じながら……


 髪の色

 肌の色 

 瞳の色

 わたしはこのセカイの異邦人


 どこにも居場所なんてない

 そう思っていた


 旅を続けるうち、あの女将のことを度々思い出す

 彼女の眼差しは優しかったと


 カネなんかなくても構わなかったのではないか、

 わたしのことを本当に心配してくれていたのではないか……


 あの男に出会ってそれは確信にかわった

 いままでのわたしは自分に差し伸べられた手を振り払っていたんだ

 それはどれほど愚かなことだろう


 いまからでも間に合うだろうか

 わたしは誰かの手をつかめるだろうか

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る