第十八章 クレリアの胸騒ぎ

 シオンは深夜に帰ってきた。馬のいななきが聞こえた。


 クレリアが部屋で待っているとシオンが扉を力強く開けて入ってきた。


 シオンひとりだけだった。

 フランク、アルフレッドそしてクレリアの視線が一斉に注目する。


「アストリアはまだ生きているか」それが彼女の第一声だった。


「生きてます! フェイさんは? フェイさんはどこですか」


「落ち着いて聞いてくれ、クレリア。フェイは連れてこられなかった」


「そんな……! じゃあどうすれば!」

 クレリアは顔面蒼白になった。


「早とちりするな。フェイはこのシンチェンの村にいる」

「えっ?」


「劇団銀月のやつらには追いついた。

 事情を説明したらフェイはこの村で取材をするために残っているはずだといわれた。

 宿の名前も聞いてきた。金のあごひげ亭だ」


「いまから行きましょう」

「深夜だぞ? アストリアの具合はそんなに悪いのか」


「さっき息が苦しそうだった」

 アルフレッドが会話に割って入った。


「行こう」

「ちょっと待ってくれ。おれひとりでアストリアを診るのか?」


「マスターと協力して傭兵さんを診ててください。

 お願い、拘束しないで」

「そんなこといわれても、また暴れたらどうするんだ」


「自分だったらどう思うの?

 いのちを助けるためならなにをしてもいいの?

 わたしたちはそんなに偉いの?」


 暴れてから拘束するのは困難である。

 だがアルフレッドはクレリアの気持ちを汲み取った。

 アルフレッドとしても仲間を拘束するのは気が進まない。


「いいよ。行ってきな。拘束はしない」

「ありがとうございます!

 あとでエッチなこと以外なんでもしてあげますから!」


「おれが変態みたいじゃないか!」

「漫才禁止だ。行くぞ」

 シオンがクレリアの腕を引っ張った。




 金のあごひげ亭に押しかけたクレリアとシオンは半ば強引にフェイの部屋を聞き出した。


〝ドンドンドン〟


 扉をたたく。

「フェイさんいますかぁ! ここ、開けてください!」


 しばらくして中から頼りない声がした。

「ご、強盗さんならいま留守にしているので別の日にしていただけますか」


「冗談をいってる場合じゃないんです。人が死ぬかもしれないんですよ」

「それって、わたしがあなたに殺されるってことですか。

 ひぃぃ、あわわわ。

 おしっこしたくなってきちゃったぁ、どうしよう」


 シオンがクレリアに、「クレリア、名前をいえ」

「あっ、わたしです! クレリア・リンリクスです」


……………………………。


〝カチャ〟


 ドアが開いた。


 フェイは寝ぐせのぼさぼさ頭にパジャマ姿で眼鏡のズレを直した。


「驚かさないでよ。

 こんな時間に訪ねてくるなんて、マナー違反よ。

 あなたは夜型かもしれないけど普通の人は寝てるんだから」


「わたしの連れ、アストリアがケガをしてしまって、血が足りない状態なんです」

「え? 本当に?」

 フェイは眼鏡のつるを両手で修正した。


「それでもしフェイさんがO型なら輸血に協力して欲しくて……」

「そうだったんだ。わたしはO型で間違いないわ」


「輸血に抵抗はないですか?」

「ないわよ。前にも弟の輸血に協力したことあるし」


「よかったぁ」

「このひとは?」フェイはシオンを見上げた。


「女剣士のシオンさんです」

「女剣士……! 憧れるわぁ。絵になるわね。

 背も高いし美人だしモデルみたい」


 シオンは黙ってフェイを直視した。

「あの、フェイさん?」

 クレリアはそれた話を戻そうとする。


「この人に取材させてくれたら、輸血に協力するわ」

 フェイはウインクした。


「そのまえにトイレね」

 フェイはトイレに駆け込んだ。

「マイペースなやつ」

 シオンはフェイをそのように評価した。


 クレリアは疑問を持った。

 都合よく物事が良い方向に向かっていく。


 怖いくらいだった。

 いままでのわたしたちの旅は、嬉しいことのあとに恐ろしいことが起こったり、あるいはその逆の順番だったりした。


 もう怖いこと起こらないで……。

 戻ったら傭兵さんの様態が急変してるとかないよね。


 あるいはわたしが凍死する直前の長い夢だとか。

 彼が生きたいといったのは、死の間際だったからではないか?


 そう考えたとき、クレリアは指先がピリピリするほど不安になった。


「どうした? クレリア」シオンが顔色をうかがった。

「いえ、なんでも……」


「おまたせ~。倍速モードで出してきたから」

 フェイがトイレから出てきた。


「倍速って……」シオンは下品なジョークに苦笑いした。

 クレリアは胸騒ぎでそれどころではなかった。


「行きましょう。嫌な予感がする」

「わたし、着替えるから待って。寝ぐせも直さないと」

 フェイが自室に戻った。


 怖い、怖い……!


 クレリアは不安に押しつぶされそうになりながらフェイを待った。

 自分ひとりだけ宿に駆け戻りたい。


 フェイが着替えて出てきてから三人はフランクたちのいる銀のしっぽ亭に向かった。


 このあと三人が戦慄する出来事が待っているのだった。

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