第十九章 暗殺者登場
深夜の村は昼間のそれとはまったく異質な顔を持っているが、剣士のシオンがいるだけでだいぶ安心感が違う。
クレリアとシオンはアストリアの輸血のために小説家のフェイを連れて宿に向かっていた。
向かいからランプの灯りが近づいてくる。
「ん?」シオンが訝しげに目を細めた。
「どうしたんですか? 早く行きましょう」
「あの男、怪しくないか」
「ただの通行人ですよ。急ぎましょう」
近づいてきたその男は執事服を着た老紳士だった。
その老紳士は、一行の前でぴたりと止まった。
非常に背が高い紳士で、
清潔に整えられたあごひげが印象的な知性的な男である。
「あなたがクレリアさんですか? 宿の使いのものです。
「あなたは誰ですか?」
「これは申し遅れました。
ささ、ご一緒に。
お連れの方が急変いたしましたので別の病院へ移しました」
「ええっ! わかりました」
「待て!」シオンがクレリアを制した。
クレリアは彼女を見上げた。「シオンさん?」
「おかしいじゃないか。
宿に執事などいなかったし、病院へ移せないからあの宿に寝かせていたんだ。説明してもらおうか」
シオンがグルガンを睨み詰問する。
グルガンは長い沈黙で返した。暗闇に異様な雰囲気が漂う。
「おまえ、ヴァルケインだな?
聞いているぞ、治癒魔法が存在しない世界を妄信する暗殺団がクレリアを狙っていると」
「なにっ? なにっ?」
フェイはなにが起こっているのかわからずきょろきょろしている。
「妄信などとは……、妄信とは思考停止した人間の行きつく末路でございます。
グルガンは不敵な笑みをつくる。
「認めたな」
「
これよりあなたがたを暗殺させていただきます」
グルガンは余裕たっぷりにランプを地面に置く。
「暗殺ぅ⁉ ぎょえ~‼」
フェイが腰を抜かした。
「フェイさん。話してなかったけど、わたし暗殺団に狙われているんです」
「マジか」フェイはずれた眼鏡を修正しながら天を仰いだ。
ヴァルケイン暗殺団。
癒しの女神復活を阻止するために巫女のちからを持つものを殺害する暗殺集団がクレリアをつけ狙っているのだ。
「待って! あなた、傭兵さんになにもしてないよね?」
クレリアが恐る恐る尋ねる。
「いましがたあなた方の宿に行ってまいりましたので、始末しました」
グルガンは飄々と抜かす。
「ゆ、許さない……」
クレリアはか細い声を出した。
胸を押さえ、呼吸が苦しくなる。フェイがからだを支える。
「落ち着けクレリア。
ブラフだ。ひっかけだよ。
本当にアストリアを始末したなら、生首をわたしたちの前に転がすくらいのことはやるはずだ。
暗殺者ならな。
おおかた、フランクが宿にいるのを見て事を構えるのを良しとせず、クレリアの暗殺を優先したんだろう。
フランクは凄腕の魔術師だからな」
シオンは一同の先頭に立ち、グルガン以上に鋭い視線で敵を睨む。
「そうかもしれませんね。
だが、真偽を確かめるためにはどのみち
「フェイ、クレリア。
ふたりともわたしの背中側にいろ。
けっして逃げ出そうとするな。
こいつに仲間がいるかもしれないし、この世界でわたしの背中が一番安全だからだ。
さて、グルガンというのは本名か?
暗殺者が本当の名前を名乗るとも思えんが」
――シオンはアストリアに危害を加えられているかもしれないという不安に支配されることはなかった。
心配。目の前の戦いには不要な感情。
シオンは心をスイッチした。
そんなことができるのは超一流の戦士だけである。
グルガンが黒塗りのナックルガードを取り出し両手の指に装着した。
ヴァルケイン暗殺団の武器は黒塗りなのである。
そして100パーセント
「本名ですよ。いのちを奪う礼儀として本当の名を教えてから殺すのが
戦闘がはじまる前に警告しておきましょう。
もしいま、クレリアさんをわれわれに差し出すならあとのふたりは見逃して差し上げます。
若い女性を何人も手にかけるのは気が引けるのでね」
グルガンは整えられたあごひげを撫でる。
「わたしに仲間を見捨てろと?
わたしを誰だと思っている!」
シオンは創竜刀を抜いた。
刀身が蒼白いオーラの輝きをはなっている。
「なにっ! そのカタナはっ!」
グルガンが叫ぶより迅くシオンは踏み込んだ!
つづく
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