第二十章 超A級暗殺者対ソードマスター

「わたしに仲間を見捨てろと?

 不遜であるぞ!

 わたしを誰だと思っている!」


 シオンは創竜刀を抜いた。刀身は蒼白いオーラの輝きを放っている。

「なにっ! そのカタナはっ!」

 グルガンが叫ぶより迅くシオンは踏み込んだ!


 光の軌跡が一文字に走り、後ろから見ていたフェイとクレリアは彼女がグルガンを倒したと思った。

「やった!」

「いや、浅い」


 シオンの発言通りグルガンを倒してはいなかった。

 シオンの踏み込みの呼吸にあわせて斜め後ろに上半身を逸らすように後転していた。


 真後ろに飛びのくよりカタナの射程から遠ざかることができるからである。

 超反応でなければできない芸当である。


「あなた様はソードマスターであらせられるか。

 たしかに現ソードマスターはルクシオン=イグゼクスと聞いていたが。

 躱すのが0.01秒でも遅れていればはらわたをぶちまけていた」


 グルガンの服がぱっくりと裂け、生肌からうっすらと血が流れていた。

 致命傷ではない。


「べらべら解説しながら戦うおまえはバカか!

 逃げるなら見逃してやるぞ」


「逃げる?

 わたくしに逃げるなどと、それこそ不遜というものです。

 幼少のみぎりより暗殺をはじめてから、暗殺に失敗したことなどただの一度もございません。

 殺し方を予言いたしましょう。

 わたくしは剣を折る奥義をいくつも修めている。

 あと5分以内にあなたの剣はへし折れ、致命打を食らい、バキバキに折れた肋骨を抑えながらひざまずいて命乞いをすることになります」


「へぇ、ではわたしも予言しよう。

 おまえがわずかでもわたしの力量を見誤っていたそのときは、切り離された腕や下半身を離れた位置から眺めることになるだろう。

 絶命する瞬間までな。どうだ? 怖くないか?

 りあう前に一つだけ訊いておきたいことがある。

 享祗朧キョウシロウという男を知っているか」


 グルガンは目を見開き、そして細めた。

「ほう、これ・・は殺さなければならん」

 グルガンは残忍な笑みを浮かべた。

 それはまさしく暗殺者の貌アサシン・フェイスである。


「なにか知っているようだな。吐いてもらうぞ」


「シロウトがなにをいっている。

 貴様があの御方のなにを知っているのか、吐かせるのはおれだ」


 グルガンはもはや紳士的な口調ではなかった。

 発言の裏にはシオンの攻勢を牽制する目的があった。


 だが、シオンはスポーツマンでいう所のゾーン(精神集中が極まった状態)にあった。


 東方の言葉では明鏡止水といわれている。

 自分よりからだの大きいグルガンの間合いに堂々と踏み込み近づいていく。


 戦闘がはじまった。

 グルガンは渾身の一撃を繰り出すがシオンは流れるように身を躱し、腕を切断せんばかりのオーラブレードに防戦一方だった。


 だがグルガンは奥義を極めるタイミングを待っていた。

 シオンがやや大きく振りかぶったとき、グルガンは持っていた煙幕玉を彼女の目元に投げつけた!


 シオンは煙幕にひるまず創竜刀を振り下ろす!

 グルガンはカタナの軌道にあわせ奥義を放った。


 カタナの鎬筋しのぎすじを同時に強打する奥義で、武器破壊技である。

【地はカタナの先端に近い部分。鎬筋はカタナの中部分】


 振り下ろされるカタナに極めるは至難の業である。

 彼が超A級暗殺者を名乗ったのは伊達ではなかった。

 タイミングは完璧である。


破鋳はいッ‼」


「……」

 シオンにはグルガンの動きがスローモーションのように視えていた。


 煙幕で視界がかすんでいても彼女にとってはハンデにならなかった。

 わずかに創竜刀を振り下ろす軌道をずらして打ち込む。


 金属がかち合う音がした。

 煙幕が消えフェイとクレリアが恐る恐るふたりを見るとシオンは無傷で、グルガンはナックルガードが破損し指を何本か失っていた。


 シオンは超A級暗殺者の奥義を初見で見破り、逆に相手の武器を破壊するという荒業を決めていた。


 シオンは髪をかきあげた。

「ずいぶんと大口を叩いていたようだが、暗殺者はもっと謙虚になったほうがいいんじゃないかな。グルガン君。

 君では超A級は務まらない」

 シオンは圧倒的力量差でグルガンを下した。


「5分経ったわ!」

 フェイが叫ぶとグルガンは大きく退いた。


「オリハルコンのナックルがまるでビスケットだ!

 ソードマスターがこれほどとは……!」


「オリハルコンだろうが、ミスリルだろうがわたしに斬れないものはない」


「大した女侍よ……‼ この武器では殺しきれん」

 グルガンは誰にいうでもなく荒い口調である。


「待てっ!」


「このような失態を見られた以上、あなたも、フェイとかいう女も暗殺リストに加えさせていただく。

 お互いの殺しの予言が外れたところで痛み分けといたしましょう。

 さらばだ」


 グルガンは全力で闇夜を駆け出した。

 ランプも、切断された指も置き去りで、見た目年齢から想像もつかない全力疾走だった。


「逃げ足の速いジジイだ」


「暗殺リスト⁉ ぎゃ~! どうしてくれんのよ!

 シオン!

 印税で老後送るはずだったわたしの人生計画が台無しじゃない!

 輸血に協力するといったら暗殺者に狙われましたっておかしいでしょ!

 暗殺者に追われながら生活するなんていやだよう!

 この仕打ちはあんまりよ! もうダメだぁ~‼」


 フェイは座り込んでしまった。

 初対面のときと印象が違うが、これも彼女の一面である。


「めそめそするなよ」

 シオンはうざそうにフェイを見た。


「誰のせいだ!

 あといまの男の指が転がっててグロいわ。

 わたしグロいのだめなの!

 足がすくむ~」


「フェイさん、飴あげるから元気出して」

 クレリアがポケットから飴を取り出した。


「子どもか! しかもこれ歯が取れることで有名な飴じゃん。いらない」


「噛まなきゃいいじゃないですか」


「わたしの人生で飴が口の中で溶けるまで待ったことは一回もないの!」


「座り込んでいても仕方がない。

 アストリアが無事かも気になるし宿に急ごう」

 シオンがいい放つ。


「そうだ! 傭兵さん!」

 クレリアは駆け出した。


「あ、おい!」シオンの制止も彼女には届かなかった。


「クレリアちゃん、ダメだよ。さっきの人がまだいるかもしれないでしょ」

 フェイはシオンにつかまりながら立ち上がった。


 クレリアはいうことも聞かずアストリアのいる銀のしっぽ亭まで走った。

 宿の玄関に掲げられているランプの頼りない灯りが見えた。


 1秒でも彼の傍にいたい。

 その気持ちはどんどん巨大になっていく。


 玄関からアストリアの部屋まで駆け抜け、部屋に入ると彼は死んだように眠っていた。


 アルフレッドは椅子に座った姿勢で寝落ちしていた。

 フランクは別室で休んでいるようだ。


 腕をとって脈を診ると、彼の生命は停止していない。

 クレリアは安堵のため息をついた。

 少々遅れてシオンとフェイが部屋に着いた。ふたりとも息が上がっている。


「アストリアっ」

 シオンはアストリアに駆け寄り、頬に触れ顔色を見た。

 その色素が薄いグリーンの瞳は複雑な想いが込められている。


「アルフレッドさーん」(小声で)

 クレリアがアルフレッドのからだを揺さぶる。


「ああ、……」まだ眠気が取れていないらしい。動きが緩慢である。


「この人がO型のフェイさんです」

「どうも」とフェイ。


「連れてきたのか。残念だけど輸血ができるのは病院が開く明日の朝だよ」

「医者を叩き起こしましょう!」


「いや、おれは賛成しない。

 無理だよ、深夜だし。

 あの医者が動くとは思えない」


「彼が急変しないという保証はあるんですか」

「ないけど」


「わたしたち、グルガンとかいう暗殺者に襲われたのよ」

 フェイが会話に割り込んだ。


「なにィ?……フランクも起こしててどうするか決めよう」

 フランクは隣の部屋で寝ていたが話しかけるだけで覚醒した。



 フランクに事情を説明すると、

「あと3時間で朝が来る。暗殺者が指を残していった?

 拾っておこう。

 ミスを犯したな。指があればカウンターマジックをかけられる。

 朝が来たら、あの医者の所に行こう。私も同行する」


  つづく

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