第十九章 夜の街

 アストリアが目を覚ますと窓からの夕陽が彼の網膜を刺激した。

 もう夕方である。


 自分の空腹に気付いた彼がアランに食事の用意を尋ねる。

「ごめん、食糧はもうないんだ。

 なにせお客が三人もいたからね。


 メイドに買い出しに行かせている。

 彼女が帰宅してから調理さ。


 我慢できないなら外食するといい。

 君は昼食を抜いてるだろう?」


 とても夕食まで我慢できそうもない。

 クレリアのことも気になるがいまそれよりもなにか胃に入れたい。


 アストリアは街へ繰り出し、めったに食べない肉料理を食べた。

 支払いを終えて店の外に出るともう暗い。


 そして肌寒かった。

 中央大陸ファーレーンは比較的穏やかな気候だがさすがに11月は冷え込みも厳しい。

 いま帰っても夕食を作っているころだろう。

 さて、どうしよう。


 アストリアがふと向かいの飲み屋を見るとルクシオンがいる。

 無視することは出来なかった。

 アストリアは店内に入りルクシオンに声をかけた。

「ルクシオン! あれほど飲むなといっただろうが」


「……おまえか、よく会うな」

 ルクシオンはけだるそうな瞳で彼を見た。

「わたしに指図するな。しつこいぞ、おまえ。わたしは酔ってない」


 彼女は上気した頬、うつろな目、そして緩慢な動作。

 あきらかに酔っている。


 店内は酒飲み客で充満している。

 そして男性客は異国情緒にあふれる美女をなめまわすように見ているではないか。


 アストリアは隣の席に座った。

「おまえがこれ以上酔わないように見張る」


「意外と世話焼きなんだな。飲め、わたしが酌をしてやる」

 ルクシオンは不敵に微笑んだ。

「飲まないっていってるだろうが」


「わたしの酒が飲めないっていうのか!

 ええ? わたしに酌をしてもらえるのは光栄なことなんだぞ!」


「最低な酔い方してるな」

 アストリアは少し考えた。

 どうしてオレのまわりにいる女は酒癖が悪いんだ。


「じゃあ一杯飲んだらおまえが帰るなら飲んでやる」


「……ふーん」

 ルクシオンは面白くなってきたという顔をした。

「店主、軽めの酒を頼む。グラスもな」

「あいよ」

 不愛想な中年でのスキンヘッドの店主は信じられないはやさで酒とグラスを出した。


 アストリアはグラスを持つと、ルクシオンが無言で酒を注ぐ。

 彼は高揚感を隠せなかった。


 女に酒を注いでもらうのはこんなに気分がいいことなのか。

 オレもただの男だな。


「仲のいい人間はわたしのことをただのシオンと呼ぶ。おまえもそう呼んでいいぞ」

 ※便宜上説明文において、これ以降彼女のことを『シオン』と表記します。

「わかった。

 ところではじめて会ったときと服装が違うのはなんでだ?」


「クリーニングに出してた」

「クリーニング⁉」


「晴れの舞台に汚れが目立っては恥だと思ってな。

 東方の衣装はつくりが違うから料金二倍増しっていわれて、いつもこれだよ。

 はっきりいってムカつくぜ」


「シオンって東方出身なんだよな?

 オレたちは東方に向かって旅をしているんだ。

 どんなところだ、東方は」


 彼女は目を細めた。

「しみったれた狭い島国さ。

 わたしには居心地が悪かった。


 ソードマスターの伝説を知っているか?」

「悪人切り捨てごめんの正義の代行者とか」

「ふん……」


 シオンはグラスを傾けた。

 苦々しげにグラスの中で輝いてる氷を凝視する。

「ソードマスターにも斬れないものがある。なんだと思う」


 アストリアは返答に困った。

「政治家さ。

 腐敗した政治家たちはソードマスターの断罪許可証に制限をかける法案を提出した。

 神ですら屠るといわれたソードマスターも国家権力と癒着した悪人は斬れぬ。

 くだらん。やってられるか。

 政治に忖度してなにがソードマスターか」


 酔いが彼女を饒舌に、そして愚痴っぽくしているようだ。

 そろそろ潮時だろう。


 アストリアはグラスを一気に飲み干す。

「まずい、毒だ!」

「やめてくれよ」

 店主が迷惑そうな顔をした。


「よし、帰ろう、シオン。マスター、支払いを頼む」

 アストリアは無理やり彼女を立たせると抵抗はしなかった。

 店の客はアストリアを冷たい眼で見ている。

 みんなシオンを狙っていたのだ。


 支払いを済ませて店を出た。

 シオンはふらふらしている。

「おかしい。

 わたしは酒に強いはずなのだが、この国の酒は強いらしい……」

「シオン! おまえどこに泊まってるんだ?」


「あえにゅまえどぉ……」

「え? いまなんていった⁉」


「あえにゅ……」

 シオンはアストリアに倒れかかってきた。

「おい! 寝るな! べろべろじゃないか」


 このあとシオンをどうすればいい?

 道端に捨てるわけにもいかないし……


 アストリアは自分より背の高い彼女を背負った。

 脚は少し引き摺っている。

 考えもなしに歩いていると大通りに出てしまった。


「シオン! 宿はどこだ?」

 シオンを揺さぶる。

「……気持ち悪い、吐きそう」


「わー! 吐くな!」

 慌てて彼女を下ろすと彼女は盛大に吐いた。

 アストリアは背中を撫でてやる。


 シオンはしばらくしてから口元を拭った。

「幻滅しただろ、吐く女なんて」

「それくらいで幻滅しないよ。待ってろ。水を買ってくる」


「吐いたから明日までには抜けるだろう。いま猛烈に眠い……」

 アストリアの持ってきた水で口をゆすぐと彼女は二の句をつぐ間もなく眠ってしまった。


 こうなればアランの屋敷に運ぶしかない。

 ……このあと修羅場がアストリアを待ち受けているのだった。


  つづく

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