第十章 セラノ 中編

追記:第十章は文字数が多かったため前編・中編・後編にする分割処理を行いました。


 セラノが扉を開けるとそこにベルナディスが立っていた。

「わっいつからそこにいたの⁉」

 セラノが驚きの声をあげた。

「いまだよ」

 ベルナディスはそういったが本当かはわからない。ベルナディスは盗賊だから。

「入るぞ」


 ベルナディスが医務室に入ると、もうひとり赤毛で長身の男が入ってきた。

「アルフレッド! おまえ無事なのか⁉ なんか忘れてると思った」

 アストリアはアルフレッドをびっくりして見上げる。


「おまえって本当に友達甲斐ないよな」

「ごめんなさい。わたしも失念していました」

「お嬢さんまで……。まあいい。

 このベルナディスという女はおれを拷問しなかった。わりぃアストリア、全部話した」

「なにを」

「おれたちの旅の目的や、アミュレットが欲しくてこの砦に入ったことやフランクのこと」

「あのなぁオレがなんのために……」

「まぁいいじゃないか」

「なにがいいんだよ」

 アストリアは悪態をついた。

「アミュレット? これ?」


 セラノが机の引き出しからアミュレットを取り出した。

「えー!」クレリアが叫んだ。「傭兵さんはなんのために……」

「なんなの? これはベルから貰ったのよ。わたしは派手すぎて好きじゃないんだけど」

「先生、アミュレットをこいつらにくれてやってもいいか。

 おまえたちを逃がしてやる」

 ベルナディスは唐突にいった。

「なぜだ?」

 アストリアが問う。


「あたしにもわからない。だが盗賊の頭をやっているのがバカバカしくなった」

「ベル……」セラノはベルナディスを抱きしめた。「わたしの故郷に行かない?」

「え……」

「なんかね、わたしも旅がしたくなったの。一人旅は嫌だからわたしと一緒に行きましょうよ」

「あたしは先生を攫ってきた女だぞ。それに盗賊だ」

「盗賊は辞めちゃえばいい。あなたが盗賊としてしてきたことは取り返しがつかない。いつか報いを受ける時もくるかもしれない。でもその時まで一緒にいて」


 ベルナディスは視線を逸らして床を見た。だが、最後には顔をあげてセラノと目線を合わせた。

「先生がいいのなら」

「ずっと気になってたんだけど、どうしてわたしを先生と呼ぶの?」

「敬意を払わなければいけないなにかをかんじたから」

「ふふっそういうとこ好きよ。これからはセラノって呼んで」

「先生……セラノがいいのなら」

「盛り上がってるところすまないが、この砦の盗賊どもはどうするんだ? あんたが盗賊を辞めるのを素直に認めるとは思えないが」

 アストリアはふたりに質問する。


「それならおれにいい考えがある」とアルフレッド。「薬で眠らせるとか、毒で殺すとか」

「どこがいい考えなんだよ」アストリアは腕組みした。

「眠剤も毒薬も人数分ないし、眠剤は人によって効き目が違う。

 毒薬は全員に同時に飲ませる必要がある。それにいくらなんでも長い付き合いの人達を全員殺すのはちょっと。なにもかも現実的じゃないわ」セラノは困り顔だった。


「ところで魔術師ははどこにいる。答えてもらうぞ」

 ベルナディスがすごんだ。

「あぁそれか……オレにもわからない。この砦のどこかに隠れているはずだ」

 彼女の問いにアストリアは答えた。もう隠す必要はないからだ。

「フランクならいい考えが浮かぶんじゃないか」とアルフレッド。


「フランクというのは魔術師のことだな?」

「あぁ」

「マスターならわたしたちの会話を聞いている可能性があります。それくらいすごいウィザードです」

 クレリアは説明した。

「あいつ、何回か魔法を使っただけでのびちまったぞ」

「それは……(視力を使う魔法を使ったから)」

 クレリアは真実を知っていながら沈黙した。


「とにかくいまこの場にいないことは事実だ。待てよ、あいつは真銀のアミュレットが欲しくてこの砦に侵入したんだ。くれるっていうならもう目的は果たしてるが……」アルフレッドは頭をかいた。

 全員の沈黙が続いた。


「……いない人間をあてにするのはやめよう」

 アストリアが沈黙を破った。

「おれもそれがいいと思うぞ」

「わたしも賛成です」「わたしも」女性陣も口をそろえた。ベルナディスはなにもいわないがうなずいた。

「もう逃げちゃおうぜ」

 アルフレッドは投げやり気味にいった。

「そんないい加減な……」アストリアは反論しかけた。


「いや、良い、それが良い! まさか今日あたしたちが全員逃げるなんて考えるやつはいない。おい、おまえ立てるか?」

「立てるさ。飯も食ったしな」ベルナディスの問いに、アストリアは腰かけていたベッドから立ち上がった。クレリアが支えようとしたが、アルフレッドが代わりに支えた。

「お嬢さんじゃ無理だよ。おれに任せろ」

「アルフレッドさん! ありがとうございます」

「支えなんていらねぇぜ。オレは戦士だ」

「じゃあ準備を……」セラノは慌てた。

「準備をしないからうまくいくんだ」ベルナディスは制止し「いますぐこの部屋を出て脱出する」とつづけた。


「ところでなんで盗賊をやるのがばからしくなったんだ?」

 アストリアが尋ねると全員が素っ頓狂な顔をした。

「おまえがそれをきくのか。ふん、教えるもんか」

 ベルナディスの言葉にアストリア以外は笑っていた。


 〝ドン! ドン!〟


 そのとき音がして全員が身構えた。

 ベルナディスは壁に耳を当てた。


「……仲間の盗賊たちが武器庫の壁を壊そうとしてるようだ。ついてるぞ、いま抜け出そう」


「待て、オレの剣や防具はどこだ。アレがないと困る」

「そういうと思ったぜ。みんなまとめて部屋の外に立てかけてある。ベルナディスがおまえとの話が終わるまで隠しておけってさ」アルフレッドが大袈裟気味に手ぶりをする。


 五人はそっと部屋を出た。アストリアの武器や防具が置いてあった。アストリアは装備した。

つう……」

「傷にさわるか? アストリア」

「いや、大丈夫だアルフ」応えるアストリアの呼吸は荒かった。

「シオジンだけは連れていく」

 ベルナディスは自分の部屋からシオジンを持ち出した。シオジンは目隠しをされている。

「こっちだ」ベルナディスの先導で一行は歩いた。鉄格子のある窓の前で止まると指をさす。「ここから出よう。この鉄格子だけ外れやすくしてあるんだ」

「そんなことわたしも知らなかったわ」セラノは眼鏡の位置を調節した。


 その時ひとりの盗賊が通路を通りかかった。

「なにをしているんですか、お頭! そいつらは……」男はそれ以上しゃべれなかった。ベルナディスが投擲したナイフが喉元に刺さったからである。男は膝をつき、皿が割れ、前のめりに絶命した。


「良かったのか?」アストリアが尋ねる。

「あたしなりのけじめだ」ベルナディスは男の首を横向きにしてナイフを抜き取り、見開かれた瞼を閉じてやった。

 セラノは複雑な心境でそれを見ていた。


「ジル(殺された盗賊の名)が倒れた時の音で誰か来るかもしれない。急ぎましょう」


〝ガコッ〟

 

 ベルナディスが微妙な力加減で鉄格子を外して床に慎重に置いた。

「クレリア、おまえから行け」アストリアがクレリアを振りかえる。

「男性がひとり先に行って受け止める役をしたほうがいいんじゃないですか?」


「ごちゃごちゃいってる場合か。窓の位置は高くない。いいから行け」ベルナディスがクレリアにいうと彼女は立腹した顔になった。

「ごめんね、クー坊」

 セラノが申し訳なさそうにクレリアを気遣うと同時に、アルフレッドが両手を組み裏返す。

「さぁ、お嬢さん、おれの手を踏み台にしろ」

「しつれいします。よいしょ」クレリアは窓枠に脚をかけ飛び降りた。


 格子の外れた窓の外から着地音が響いた。

「よし、じゃあ次はおまえだ」ベルナディスが指名したのはアストリアだった。

「オレは男だが……」

「怪我人よ」とセラノ。ベルナディスはなにもいわなかった。彼をボロボロにした本人にはいえないセリフだった。

 迷ってる時間はない、アストリアはそう判断した。

「アルフ、いいか?」

「おう」

 アストリアはアルフレッドの力を借りて窓の外に飛んだ。

「うっ」着地のショックが全身を駆け抜けアストリアは地面に倒れた。

「傭兵さん!」クレリアが小さい声で叫ぶ。

「大丈夫だ」地面に手をつきながら膝に力を入れ立ち上がった。

 のこりの三人も窓から外に出た。アルフレッドが最後に誰の力も借りずに窓を飛び降りたが、長身なので苦にもならない。盗賊らしい足音ひとつない着地だった。


「ニャ~」不意にネコそっくりの泣き声がする。

「アゼル!」クレリアの声の大きさに全員に緊張が走った。「あっごめんなさい」

 砦からは相変わらず壁を叩く音が続いている。気づかれてはいないようだ。

 黒猫そっくりのアゼルが茂みにいた。

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