第七章 作戦会議 前編
「狩るぞ。盗賊団」
一同がサンドラとアーシャに見送られながら出発し、彼女たちの家が見えなくなったあたりでフランクは唐突に宣言した。
「皆殺しだ」
フランクは眼鏡に触れた。
「マジかよ。皆殺しってノーブル・スネイクをか?」
アルフレッドが尋ね返す。
「ヴァイパーだろ」
アストリアが訂正すると、フランクはさらに否定した。
「やつらはノーブル・スネイクでもヴァイパーでもない。
「神具だと?」
「いままでもったいぶってすまなかった。
我々の旅の最終目的地は東の果てにあるといわれている東方。そして東方にあるといわれている聖地イスタリス。
そしてそこにつくまでに癒しの魔法復活に必要な神具を回収することだ。その聖地で神官であるクレリアが癒しの魔法復活の儀式を執り行う。やつらのアジトにはひとつめの神具があることがわかっている。
われわれは癒しの魔法復活に必要な3つの神具を回収しなければならない。この盗賊団は『真銀のアミュレット』を持っているはずだ」
東の果てにあるといわれている東方は伝説の存在だった。
東方の地には独自の文化をもった見目麗しい人々が住んでいるという。
アストリアも子どものころは憧れたが、大人となったいまは存在するのかも怪しい。
伝説とはたぶんに独り歩きするものだ。
仮に東方が存在したとして、そこに住んでいるのが噂通りの人々かは怪しいと思っている。
「どうやって? ここにいる四人でやるのか? 正気の沙汰じゃないぜ」
アルフレッドは大げさな手振りでいった。
「私はウィザードだ。それにウォー・マスターといわれた男もここにいる」
「………」
アストリアは黙っていた。
「期待してるぞ。ウォー・マスター(War Master)、アンデッド=アストリア(Undead=Astoria)」
アストリアは辟易した顔になった。
『ウォー・マスター』も『アンデッド=アストリア』も彼自身が暗黒の過去と呼ぶ、傭兵として戦争に参加していたころ味方につけられた二つ名だった。
自身のいのちですらいとわず、ときには仲間をおとりにして最大の戦果をあげた傭兵としての功績からそうよばれるようになった。
最大激戦区に飛び込み、生き残ったのは彼だけということは一度や二度ではない。
味方には冷酷、そして敵には残酷な彼に敵軍がつけた二つ名がウォー・マスター。そして味方からはアンデッド=アストリア。
アンデッド=アストリア、こんな不名誉な二つ名はない。
アストリア自身はそう思っている。
アンデッドとは‟死人ですらない”という意味だ。
クレリアの前でいわないで欲しかった。
クレリアをちらりと見るといつも通り澄んだ瞳でアストリアを見つめている。
彼女はなぜオレの瞳をまっすぐ見るのだろう。オレが怖くないのか。
アストリアはクレリアに軽蔑されるのが怖くなっていた。
戦争を生き抜いた男が幼い少女に軽蔑されるなら死んだほうがマシだと思いはじめていた。
だが、その日はいつか来るだろう……。
オレは戦争で殺戮の限りを尽くしたのだ。
フランクは続ける。
「いいか。作戦はこうだ。
アルフレッド、君は盗賊としてアジトを偵察してくれ。まずは情報が必要だからな。あのアジトに真銀のアミュレットがあることはすでに探知魔法で確認している。連中はおそらくその価値を知らないだろう。
それがどこにあるか、そして盗賊が何人いるか、盗賊の構成員以外の誰か、つまり人質や無理やり働かされている人間がいるかなどを知りたい」
「無理難題だよ。相手だって盗賊なんだぜ。おれは顔はいいけど、盗賊としての腕はそこまでじゃない。盗賊団が30人か100人か知らねーけどそれだけの盗賊を出し抜ける保証は出来ない」
アルフレッドは困った顔をした。
「そうか。ではまず近づけるところまで近づこう。見張りを生け捕りにするとか、私が遠見の魔術(Telephoto)を使って観察するとか、なんとかなるだろう」
「うちの魔術師はいい加減だなぁ。おまえはどう思う? アストリア」
「皆殺しにする理由は?」
アストリアははじめて口を開いた。
「害虫だからだ。その盗賊団の非道は噂になっている」
「神具とはなんだ」
「教えておこう。マジック・アイテムについては君も知っているだろう。魔法のちからを秘めた道具だ。ダンジョンでルイン・モンスターどもが守っていたり、ちからのあるエンチャンターならマジック・アイテムを開発することも可能だ。
神具はマジック・アイテムの一種だがそのパワーはけた外れだ。その理由は神話に登場する神々が所有していたとされるからだ。神具を使えば神に匹敵する奇跡を起こせるという。
真銀のアミュレットは癒しの神イシュメリアが身につけていたといわれる神具で、癒しの魔法復活に絶対に必要なアイテムだ」
「ふーん。まぁオレは仕事をするだけだ」
アストリアはクレリアを見た。
クレリアはなぜか一言もしゃべらない。下を向いていた。
アストリアは心配になって尋ねた。
「大丈夫か? クレリア」
「えっわたしは大丈夫です、元気です」
「おまえはこの作戦どう思う」
「わっ、わたしはマスターの指示に従うだけです……」
アストリアはクレリアに違和感を覚えたが、それがなにかわからない。
「困ってることがあるならいえよ。話を聞くぞ」
「最近困ってることは……心を開かないでっかいワンちゃんの扱いに困ってます」
「イヌ? おまえが飼ってるのはネコだろ?」
クレリアはじ~っとアストリアを見つめている。
「ん? オレのことじゃないだろうな!」
アストリアはぶつ真似をした。
「ごめんなさい。冗談ですよ」
笑顔を見せるクレリアはいつものクレリアに戻っていた。
「こいつめ」
アストリアは笑っていた。
狂犬といわれなかったのが嬉しかったのだ。
そんなふたりを見てアルフレッドは兄妹みたいだな、と思った。
「無意味な会話はするな。移動するぞ」
フランクの物言いの辛辣さにアストリアは慣れはじめていた。
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