第七章 作戦会議 後編

「これからはおれが先頭を歩こう。おれがいいといわない限り絶対にしゃべらないでくれ。相手が盗賊なら先に相手に気づいたほうが勝ちだ。理由はわかるよな」


 アルフレッドのいうことは理にかなっていた。意外に侮れないのかもしれないとアストリアは思った。


「おれが盗賊団ならあそこの崖の頂上に見張りをたてる」

 ある程度アロンファクスの山腹に近づいたところで、アルフレッドは小声で指をさした。

 アストリアが初めて見る顔だった。

 有能なのか、こいつは。フランクが選ぶだけはある。もちろん口には出さない。

「私が遠見の魔法を使おう」

 フランクがささやいた。


 みんな黙った。フランクの眼が眼鏡越しに光った。呪文はない。これがこの世界の魔法なのだ。

 数秒後、フランクはぐったりと疲れていた。


「なるほど……いるな。だがひとりだけだ。

 恐らくそいつがカモを見つけると、なにかで連絡して盗賊団の本体が動き出す。そんなところだろう。生け捕りは難しいかもしれない。砦の正確な位置もわかった。建物の規模から推測するに総勢は十数人くらいだろう」


「オレがおとりになろう」

 アストリアが提案する。

「だめだ。このパーティで戦士は君だけだ。いうなれば君はポーン兼ナイト兼ルークだ。クレリアは女性だが役割はキング、取られたら負けだ。私はビショップ兼クイーン役といったところか」

 フランクがダメ出しした。


「おれは?」

アルフレッドが当然の疑問を口にする。

「戦闘においてはおじゃま虫だ」


 フランクが冷たく突き放す。

「ひどいな」「ひどいです」「ひでぇ」

 残りの三人が異口同音した。


「なにか意見は……他の作戦はないか」とフランク。

「おとりはいいと思う。問題は誰がやるか……」

 アルフレッドがあごに手を当てる。


「わたしがやります。女性なら盗賊の人も油断すると思う」

「ダメだっ」

 クレリアが手をあげると、アストリアは火花が散るように反対した。

「声が大きいぞ」

 アルフレッドが諫めた。

「奴らに暴行されたらどうする⁉」


 アストリアは辛うじて声を抑えたがいら立ちは隠せない。

「おれも賛成はできないが暴行される可能性は低いな。

 盗賊団ならふつう女は奴隷として売ろうとするんじゃないのか。当然無傷なら高く売れる。そんなことは盗賊の常識だ。ラクして金が欲しいから盗賊団やってるはずだからな。あとおれはそんなことしないけど」


「男性をひとりつけたほうがいいだろう。年端もいかない女の一人旅は不自然だからな」

「話を進めるなよ。フランク、クレリアはキングじゃないのか、大切じゃないのか」

「傭兵さんっ。わたしのこと大切なら、同じくらいわたしのこと信じて」


 クレリアは信じて欲しいという想いでアストリアの瞳を見つめた。アストリアはクレリアの眼をじっと見た。おたがいに胸が張り裂けそうな思いで。


 フランクもアルフレッドもふたりの沈黙を邪魔しなかった。

「わかった。おまえには負けたよ」

「へへ、勝った」

「バカ」

「わたしは賢いです。バカじゃありません」

「ミャ~」


 アゼルがクレリアの足元で一声鳴いた。

「ほら、アゼルもわたしが賢いって」

「そうかもな」

「ふたりともいいか」フランクが眼鏡に触れた。「作戦をまとめる。アルフレッドとクレリアが普通の旅人を装って歩いていく。代役は出来ない。私やアストリアでは普通の旅人には見えないだろう。纏っているオーラが違う。自分でいうのもなんだが普通の人間には見えないということだ」


 フランクは一同を見渡した。


「ここから別行動をとろう。

 あらかじめ私とアストリアは別ルートで砦に近づき、連中がアルフレッドたちを襲うために門を開けたら侵入する。見張りの位置や砦の位置は先ほどの遠視でわかっている。砦の中にまで入れば私の‟眼”にはアミュレットの正確な位置がわかるはずだ。後はなんとかなるだろう」


「なんていい加減な作戦だ。おまえは本当に魔術師なのか」とアストリア。

「少なくとも私は天才ではない」

「アルフレッドが殺されたらどうするんだ。オレは構わないけど」

「おいっ」

アルフレッドは怒った。


「その可能性は低い。女を砦に連れ帰るまで男は生かされるだろう。そのほうが暴れないからな」とフランク。

「おまえら……」

 アルフレッドはふたりをにらんだ。


「わたしはアルフさんのこと大事ですよ」

「ありがとう、お嬢さん。大好きだよ」

 アルフレッドがクレリアににっこり微笑んだ。


「あっ……」

 そのふたりを見てアストリアは声が出た。

「なんだよ、アストリア。おまえ嫉妬してんのか」

「誰がこんなガキに嫉妬するもんか」


「またガキっていった! もう許せない。わたしを女性として扱え」

「いまのは言葉のあやでついガキっていっちまったんだ」


「どんなあやだよ、あやまれ」

「悪かった」


「アストリア。私は漫才をさせるために君を雇ったわけじゃないぞ。これ以上続けるなら解雇する。

 いいか、君の任務はクレリアの護衛だ。君が100回死んでもクレリアにかすり傷ひとつつくことがないように。いいな」


 フランクの箴言で一同は黙った。

「作戦実行だ」

 フランクは一呼吸おいてから宣言した。

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