第八章 その瞳は灰のように 前編

 その日のベルナディス・ロウは不機嫌だった。飼っている鷹のシオジンがなかなか戻ってこないのである。彼女はイライラしながら左腕の手甲を右手で強くつかんだ。

 こんな日はなにかある。


 彼女は盗賊団ノーブル・スネイクのリーダーである。

 ベルナディスは孤独な女だった。端正な顔立ちをしているが他人からの第一印象はよくないだろう。


 表情に険があるのだ。彼女の孤独、苦悩、いらいらが眉間にしわとして刻まれている。

 まだ若く、そして美しいといってさしつかえない容姿をしているが、どこか近づきがたい。それがベルナディスだった。


 心を許すのはシオジンとのちに登場するするひとりの女医のみ、彼女は男性に囲まれているが、孤独はいっこうに埋まらない。そのいらだちを盗賊としての仕事や、仲間であるはずの男たちにぶつけるのだった。


 ベルナディスは天空を見あげ、眼を細めた。

 シオジンが戻ってきた! シオジンは彼女の左腕の手甲にあらあらしく爪をたててとまった。

「どうしたシオジン、落ち着かないな」


 ベルナディスはエサを取り出し、あたえてやるとシオジンは落ち着いた。彼女は窓を閉めた。

「しばらく休め、シオジン」


 シオジンの脚にくくりつけてある筒から暗号を受け取る。盗賊たちはシオジンを使って見張りとやり取りしているのだ。


 そうか、獲物がいたか!

 彼女は荒々しく仲間の盗賊たちがポーカーをしている部屋の扉を、ノックなしで開ける。


「野郎ども獲物がいたぞ! バッシュ! 五人ほど連れて獲物を攫ってきな」

「お頭は行かないんで?」


 バッシュと呼ばれた男がポーカーの手を休めてベルナディスに尋ねた。

「あたしはここに残る」

「理由は?」

「なんだっていいだろ! さっさと行け!」


 終始この調子のベルナディスは、当然のように仲間の男たちからも嫌われていた。

「いくぞおまえら! いつまでもポーカーしてるんじゃねぇ! カス!」

 ベルナディスのいらだちが伝染したかのようにバッシュは不服そうにほかの男たちに怒鳴り、出て行った。


 ベルナディスはバッシュが座っていた席に座り彼の手札をめくり見てはなで笑った。ブタじゃないか。

 ソファーで毛布にくるまって仮眠をとっている仲間を起こした。


「おまえら、ポーカーの続きだ」

 このときベルナディスは気づいていなかった。いや、盗賊の中でひとりも気づく者はいなかった。


 シオジンは砦に帰る途中、フランクとアストリアの気配を感じ、警戒していたために帰りが遅くなったのだ。野生の生き物であるシオジンはフランクの立てた作戦を看破していた。だが、それを伝える言葉を持たなかった。



 シオジンが運んだ暗号に書かれていた獲物とは、旅人を装ったクレリアとアルフレッドのことである。そのときアストリアとフランクは、フランクの気配を消す魔法(Stealth)を使って移動して、もう砦のすぐ側まで来ていた。


 砦の入り口が開く。盗賊団本隊がクレリア達を襲うために出動した。

 その様子を見ていたアストリアたちは行動を開始した。


 入口の扉が閉じる前に駆け寄り、扉を閉めようとしていた盗賊に気づかれることなく、背後から口元を抑えてダガーで首元を斬った。


 暗殺である。本隊は馬で走っていったのでアストリアたちに気づくすべもない。アストリアとフランクは容易く砦に侵入し扉を閉めた。


 まるでシナリオがあるかのようだった。始まる前は不安しかなかった作戦が滞りなく進んでいく。


 アストリアは自分が殺した盗賊の男の死体を見たらクレリアがなんていうだろうか……などと、まるで作戦とは関係ないことを考えていた。


「いま出て行った盗賊の数は六人だったな。思ったより少ない。砦に残っているのはおそらく五・六人だろう。まず武器庫を抑える。アミュレットはそれからだ」


 フランクの指示は的確だった。敵に武装させずに勝利するというのが最も効率の良い戦闘なのだから。

「そうはいってもどこにあるかわからないぞ」

 アストリアは小声で話した。


「ひとり殺さずに捕まえてくれ。そいつから聞き出そう。

 私が武器庫に施錠ロック(Lock)の魔法をかける。そのあとは盗賊の頭領を生け捕りにして、残りを皆殺しにすれば我々の勝ちだ」


 眼鏡に触れることもなくあたり前にそんなことをいうフランクは恐ろしい男だ。

「さっき出て行った連中がクレリアたちを連れて戻ってきたとき、やつらの頭領を人質にしてクレリアとアルフレッドを救出するんだ」


「めちゃくちゃな作戦だ」

「もともと四人で世界を救おうというのだ。四の五のいってる暇はないぞ」

「やれやれ……」

 その時見回りの盗賊がひとり通路に現れた。


「おまえたち誰だ!」という叫びは響かなかった。フランクが沈黙サイレンス(Silence)の魔法を使ったのだ。


 アストリアはその魔法の発動に驚くことはなく、素早く敵に詰め寄り地面に組み伏せた。

 剣を抜く必要はなかった。ダガーを抜いて首元にあてる。首にうっすらと赤い線が走った。暴れただけで殺すという意思表示を相手に伝えるためだ。


 フランクはサイレンスの魔法を解いた。

「武器庫はどこだ、いらんことをしゃべったら即始末するぞ」

 アストリアはさらに首元にダガーを強くあてた。血が一筋垂れた。

 盗賊の男は混乱してなにも話さない。

「早く答えろ」

「わ……わかった。案内する」

「よし、ゆっくり立て」


 フランクはアストリアの冷酷ぶりに満足していた。

 ――私に匹敵する冷酷さだ。情けはわれわれの旅にもっとも必要がないものだ。

 男の案内でアストリアとフランクは武器庫のまえまで来た。

「もうひとつ訊いておきたい。真銀のアミュレットはどこだ」

 フランクが尋ねた。

「アミュレット? なんのことかわからねぇ」

 盗賊は答えた。

「宝物庫はどこだと訊いている」とアストリア。



  後編へつづく

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