第八章 その瞳は灰のように 後編

 男の案内でアストリアとフランクは武器庫のまえまで来た。

「もうひとつ訊いておきたい。真銀のアミュレットはどこだ」

 フランクが尋ねた。

「アミュレット? なんのことかわからねぇ」

 盗賊は答えた。

「宝物庫はどこだと訊いている」とアストリア。


「それならお頭の部屋の隣だ」

「あともうひとつ、いまお頭とやらはどこにいる。それを答えればおまえは生かしておいてやる」

「大部屋だ。このさきにある」

 盗賊は左手で通路の先を指さした。

「本当だな」

「本当だ」

「そうか、ありがとうよ」


 アストリアはダガーを水平に走らせ、死体を武器庫の中に放り込んだ。

「まだひきだせる情報があったかもしれない」フランクが文句をいう。

「武器庫の封印が先だ。そうだろ」

 アストリアは盗賊の死体をゴミのように見ていた。


 その瞳は灰色でなにを考えているかわからない。

 フランクは彼が約束通り盗賊を生かして置いたら面倒なことになると思っていた。


 こと残酷さにおいては自分以上かもしれない。ふだんクレリアとおちゃらけているようすからは想像もできない。

 

 クレリアと接しているときの彼からは、いきものを傷つけることをためらってもおかしくはないくらいだが、彼もまたこの世界の暗黒の中で生きのびてきた戦士なのだ。


 首を斬られた人間は派手に出血する。返り血を浴びない様に角度まで計算して斬ったのだ。敵と認識すればどこまでも残酷・冷酷な彼に、ウォー・マスターという彼の二つ名の片鱗を見た気がした。


「わかった……下がってくれ」

フランクは武器庫の扉に施錠ロックの魔法をかけた。

 フランクの指先からわずかにひかり、それが扉全体に移り、またあっという間に消えた。


「今日だけで四回も魔法を使った。もう魔法の援護は期待しないでくれ。探知の魔法を使う余裕すらない」

 フランクの呼吸は荒れ、指先はわずかに震えている。玉のような汗がほほを伝っていた。


 そういうものだろうか……? ライナスはルイン・モンスターとの戦闘で攻撃・破壊呪文を連続で使っていたが息ひとつ乱れたことがなかったが……。


 アストリアは疑問を口にはしなかった。そんな暇はないのだ。

 これから大部屋に乗り込み盗賊の頭目を生かして捕らえる。それ以外作戦が成功する可能性はない。


 アストリアは男がさした通路を走り出した。

「おまえはついてくるか?」

 フランクを振りかえる。

「いや、どこかに隠れている。健闘を祈る」


 いまや作戦のすべて、フランク・アルフレッド・クレリアそして自分自身のいのち、なにもかもがアストリアにかかっていた。


 こういうことは苦手だ……背負うのは自分のいのちだけでありたい。そういう生き方を体現してきた。セレナが死んだ日から。


 アストリアは剣を抜いた。

 一人目の盗賊を殺したとき感じた罪悪感は二人目の盗賊を殺すとき感じなかった。

 これがひとり殺すのもふたり殺すのも一緒ということなのだ。決壊した堤防はなにもせきとめられない。罪悪感も同じだ。


 そのことはアストリアが人生で得た不名誉な教訓だった。

 大部屋の前まで来た。通路では敵に会わなかった。

 るぞ!アストリアは渾身の力で扉を蹴り開けた。音で衝撃をあたえスキをつくるのだ。うまくいくはずだった。


 バンッ


 部屋の中の視線が一斉に扉に集まる。アストリアはそこで信じられないものを見た。

 女がいたのだ。ベルナディスである。大きなテーブルを占領して中心に座っている。盗賊の頭領は女だったのだ。――女は殺せない――アストリアの思考は凍結フリーズした。


「なんだてめぇ!」

「どこの弾だ!」

 部屋の中の男たちは立ち上がる。実力的にアストリアは全員を数秒で倒せるはずだった。


 一瞬の躊躇が命取りだった。ひとりの男がとびかかりアストリアの剣を持った腕を抑えた。アストリアは腰の後ろ、背中側に身に着けているダガーを抜こうとしたが、左腕を別の男が掴んだ。

 アストリアは地面に押さえつけられ捕らえられてしまった。

 最悪の事態だった。


「シオジンが落ち着かなかったのはおまえらのせいか。表を見てこい」

 女頭領が命令する。

「……。あっベベスが殺られてるっ」

 ベベスは最初に殺した男の名前のようだ。


「畜生よくもおれたちの仲間を!」

「変ですぜ、武器庫のまえに血痕があって、扉が開かねぇんです。

 ロドリットがどこにもいねぇ、この血は多分ロドリットの血だ、この野郎が殺したにちげぇねぇ!」


「おまえ何者だ、誰に頼まれてきた、なぜ武器庫の扉があかねぇんだ?おまえなにか細工したな」

「吐け! この野郎!」


 ひとりの男がアストリアを蹴った。アストリアは死を覚悟した。

 どれだけ剣士として優れていても剣をふるうことが出来なければ無力だった。


 ピー‼


 笛の音がする。

 本隊がクレリアとアルフレッドを捕らえて戻ってきたのだ。

 門を開いてくれという合図の笛だった。


 アストリアは戦慄を覚えた。このままではクレリアまで巻き込んで全員死ぬ可能性がある。

 よくてクレリアは奴隷にされるだろう。頭領が女でもほかの盗賊たちを戦闘不能にして捕らえればよかったのだ。


 自分の僅かな判断ミスが取り返しのつかない状況を呼んだ。

 クレリアを守れない……死ぬより恐ろしい現実だった。


 唯一の希望はフランクが捕らえられてないことだろうか。

 だが、もう魔法の援護は出来ないといっていた。アストリアは自分の体中の血液が泡立つような思いだった。


「こいつを拷問部屋に移せ。武器は全部取り上げろ。誰か門を開けてやりな。

 捕らえた奴等も拷問する。連れてこい。こいつとなにか関係があるかもしれない。覚悟しろよ、クソガキ」


 ベルナディスは冷酷な笑みを浮かべた。

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