第九章 拷問部屋

「傭兵さんっ」


 拷問部屋に連れてこられたクレリアは鎖につながれたアストリアを見て叫んだ。アストリアは武装を剥がされ上半身は黒いアンダーシャツ1枚にされていた。


(バカ、名前を呼んだら仲間だってばれるだろうが)

 アストリアは苦しい思いだった。


 クレリアは優しいだ。こんな状況をつくったオレが悪いんだ。

 クレリアがアストリアのことを知っていることがばれてしまったので、クレリアまで拷問される可能性が出てきた。クレリアと一緒に連れてこられたアルフレッドも顔が引きつっていた。それくらい危険な状況なのだ。


 クレリアもアルフレッドもうしろ手に縄をかけられていて抵抗のしようがない。

 拷問部屋にはベルナディス以外の盗賊も数人いて、逃げられる可能性はなかった。


「そうか。やっぱりおまえら仲間か」

 ベルナディスがゆっくり椅子から立ち上がった。手には鞭をもっている。眼は仲間を殺された復讐心で燃えていた。アストリアにカツカツと靴音を立ててゆっくりと近づいてくる。


 盗賊なら足音を立てない歩行も可能だろう。恐怖心をあおるための演出である。彼女の知性の高さがうかがえた。


 ベルナディスがアストリアの顎をクイと上げて尋ねた。

「おまえの名は?」

「………」

「あたしはねぇ、ベルナディスっていうんだ。ベルナディス・ロウ。盗賊なのにロウさ。笑えるだろう。みんなベルって呼んでる。

 人に名前を聞くときは自分からっていうよな? 聞かせておくれよあんたの名を」


「………」

 アストリアは沈黙で答えた。

 ベルナディスはアストリアの顔を平手打ちした。

「答えろっていってんだよ!

 おまえたちは何者だ⁉ なんのためにこんなことをした?

 誰の差し金だ? どこかの国に雇われたのか? 答えないと殺すぞ、残酷にな。


 おまえたち、まだほかに仲間がいるだろう。

 え? 武器庫の扉が開かないのは魔法だ、あたしにはわかる。魔術師がおまえの仲間にいるってことだ。


 そうだ。いいことを考えた。おまえたち三人のうち、最初に仲間を売ったやつだけ助けてやるよ。無傷でな。ほかのやつは痛い痛い拷問だ」


 ベルナディスはニヤニヤしながらアストリア、アルフレッド、そしてクレリアの三人を交互に見やった。


「こんなことをしちゃいけない。あなたの心は歪んでいる」

 クレリアはベルナディスの背中に向けて言葉をはなった。その声は大きくなかったが、不思議と部屋にいるもの全員が聞き取った。


 ベルナディスは一瞬動かなくなったが、恐ろしい形相でクレリアのほうを向き返った。クレリアに近づいていく。靴音がやけに響いた。


「おまえ、いまなんていった?」

「もう一度聞きたいならいってあげます」

 クレリアは毅然とした態度で自分より背の高いベルナディスを見上げた。


「いや、いい」

 そういってベルナディスはクレリアの顔をジロジロ見た。そしてクレリアの顔を持ち上げ指がほほにめり込むくらい力強くつかんだ。


「おまえの顔、小綺麗だな。

 え? あたしにはわかるぞ。

 おまえの顔は男に媚を売って、ズルをして生きている女の顔だっ!」

 ベルナディスが手を振り上げた。


「やめろッ! その女に傷をつけるくらいなら、オレに2倍傷をつけろッ!」

 アストリアは怒鳴った。ベルナディスはゆっくりアストリアのほうを振り返る。その顔は鬼女の顔オーグリス・フェイスの形相である。


「へぇ……、そそる・・・じゃないか坊や。はったりでもそこまでいえればたいしたもんだ」

 ベルナディスは身に付けていた短剣を鞘から抜いた。


 クレリアやアルフレッドだけでなく、盗賊たちにも緊張が走った。

 これから血を見ることになる……!

「おまえが嘘つきじゃないか試してやる」

 短剣を彼の左頬にあてがう。

「やめてー!」

 クレリアは絶叫した。


 アストリアは平然とベルナディスの眼をにらみ続けた。短剣がアストリアの鼻の近くから左あごまで、ななめに傷痕をつけた。

 クレリアは泣いていた。

 アストリアはベルナディスが動揺するほど彼女と視線を合わせて逸らせない。


――なんだ、この男は。


 ベルナディスは執念に燃えて鞭を握った。

「次はからだだ。いいか? やめてくださいといえば止めてやる。そして、女に続きをするぞっ」


 鞭が空を切る音がした。気持ちのいいくらいの破裂音が部屋に響いた。アストリアの肉体が裂ける音だ。彼はうめき声ひとつ上げなかった。2発目。死を意識するほどの衝撃がからだを走る。


 自分はここまでだ。


 アストリアは口角があがっていた。気が触れたのではない。クレリアを、女を、それも最高の女を守って死ねる名誉に笑っていた。ちょっとガキだがな……。


 フランクは切れ者だ。アルフレッドもいる。あとを頼むぞ、いまオレが出来ることはこの場でクレリアのいのちを守ることだ。思ったより短いつきあいになったな。あばよ。


 ベルナディスの3度目の鞭。アストリアは一瞬で意識を失った。最後までうめき声ひとつあげなかった。


「なんだコイツ、大口叩いた割に3発で気絶したぜ、なっさけねー」

 盗賊の男たちは笑い声をあげた。

「おまえらよりマシだっ!」


 ベルナディスは殺気だって怒鳴った。

 盗賊たちは意味が解らないという顔をした。

 ベルナディスは興奮して息も荒く考えていた。


 ――あたしの為に死ぬという手下どもはごまんといる。だが、その中でひとりでもあたしのために本当にいのちをかける男がいるだろうか。全員嘘つきだ。


 それに比べてこの男は……嫉妬してる。こんな男が傍にいる小娘に嫉妬の感情を覚えている。


 あたしの半分も生きているかわからない小娘にはそれだけの価値・・があって、あたしにはないというのか。この敗北感はなんだ。


 あの小娘はどこかの王族で、あの男は彼女を守る騎士なのだろうか? 小娘はともかく男のほうはとても騎士などには見えないが……。


 この男は小娘を守るために自分のからだを差しだした。あたしが約束を守ることを信じて。

 ベルナディスは認めたくない感動すら覚えていた。


「この男をセラノ先生の所へ連れて行って治療してやれ。小娘も一緒だ。

 なんとしてでも武器庫をこじ開けろ。

 手の空いているやつはどこかにいるはずの魔術師を探せ。赤毛の男にはこの場で話がある」


 盗賊の男たちはまるで意味が解らないといった顔をしていた。部屋にうずくまるクレリアの鳴き声だけが響いていた。


「はやくしろっ」

 ベルナディスの怒鳴り声に盗賊たちは渋々動き出した。


 気絶したアストリアの拘束を解き、まるで死体のような運び方で移動させていく。クレリアの腕をつかみ立ち上がらせる。クレリアは最初立ちあがろうとしなかったがアストリアに付き添うように立ちあがった。べそをかきながらついていく。


「わけわかんねーよ」

「あの人も女なのかねぇ」

 盗賊たちは小言をつぶやいていた。耳のいいベルナディスにはそれが聞こえていたが、腹を立てる気にはならない。

「あんた、悲しい女だな」

アルフレッドは拷問部屋に入ってから初めて口を開いた。

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