第三章 長い夜2

 わたしもセカイが壊れるオトを聴いたの!


 アストリアはクレリアを抱きしめた。なにもいわずに。

〝あの瞬間とき〟セレナが自分を抱きしめてくれたように。愛情。思いやり。慈しみを注ぎ込むように髪を撫でた。


 限界まで昂っていたクレリアの精神と呼吸は静まっていった。

 その瞬間ときは、クレリアにとって永遠だった。


 クレリアは娘が父親に接するように瞳をとじてアストリアの服のにおいを嗅いだ。長旅で疲れた服は清潔とはいえなかったがけっして嫌なにおいではなかった。むしろ好ましくすら思える。


 アストリアは話をつづけた。



 人が集まりだしオレは捕らえられた。そのあとのことは半分も覚えていない。

 地下牢に入れられ裁判を待つ数ヶ月は本当に長かった。


 裁判の結果は『父殺しは未遂でも死刑であるが、この国では洗礼を受けた17歳以下の子どもは死刑にできない。よって国籍を剝奪し永久国外追放とする』というものだった。


 オレは獄中でセレナが死刑になったことを知ったよ。

 奴隷の身で主人と姦淫した罪。それだけじゃない。


 セレナはオレとは別の牢屋に入れられ裁判を待つ間にコップを割り手首を切った。

 自分で自分を傷つけてしまったんだ。致命傷じゃなかった。


 拘束された状態で治療を受け、朦朧とした意識のまま、椅子に縛りつけられた状態で裁判を受けた。

 奴隷が裁判を受けるときは弁護する人間はいない。


 セレナには主人の息子をたぶらかそうとしていた罪と、自殺しようとしたことに対する生命への冒とくの罪が加えられた。


 彼女は毒を飲むことを拒まなかったそうだ。彼女がどこに眠っているのか、オレは知らない。国外追放されたから。


 神様は乗り越えられない試練は与えないとかオレの目の前でいうやつがいたら、セレナの魂の鎮魂のために殺してやる。

 彼女のような人が軽蔑を受けながら死んでいいわけがないんだ……!


(泣いてる……。いまでも彼は亡くなった彼女のことを愛し、深く尊敬し、そして彼女のいのちが不当に奪われたことに傷ついている……。

 わたしなんかがセレナさんに勝てるわけない)


 セレナが死んだときオレの魂も死んだんだ。


 わたしの目の前にいる人は誰?


 アストリア・ウォルシュの亡骸さ。


 そんな悲しいこといわないで。あなたはまだ生きてるじゃない。


 そしてオレは不死鬼ふしきの一員として〝復讐者〟になった。戦争で殺戮の限りを尽くした。


 殺していい条件は武器を持ってオレに殺意を向けることと、そして男であることだ。


 不死鬼にいるやつらはみんな最低の過去を持っていた。オレも同じだ。

 セレナを傷つけたのは彼女自身じゃない。世界だ。


 セレナはこの世界に傷つけられつづけることに耐えられなくなったんだ。

 そしてセレナは死ぬときオレを、う…


 そんなことゼッタイない! セレナさんはあなたを恨んでない!


 昔のオレのことも、セレナのことも知らないだろ?


 わたしに優しくしてくれるあなたのなかに、子どもの頃から優しさはきっとあったはずです。

 ふしぎ隊にいたことなんか忘れちゃいなよ。


 ふしぎじゃねぇし!


 わたしの眼の前にいる人は戦争で殺戮の限りを尽くした人には見えない。

 それでいいじゃない。わたしにはあなたの過去なんて関係ないの。


 あなたを許さない人が百万人いてもわたしはあなたを許す。あなたはわたしを守ってくれた。自分がした良いことも受け入なきゃ。


 だからもう自分を許してあげて? わたしがのぞきをしたときに許してくれたあなたが自分を許せないなんておかしいよ。


 じゃあどうしてセレナは……


 悲しかったんですよ。それだけです。


 セレナの裁判に関わった人間をすべて殺してやりたいよ。でもどうすることもできないんだ。顔も名前すらわからないんだから。


 泣いてくれるのか、セレナのために。ありがとうクレリア。


 ちがうよ。あなたとセレナさんふたりのために泣いているんだよ。

 傭兵さん、あなたも乗り越えられない試練を与えられたひとりですよ。


 この世界に壊れないものなんてない。人の心も、宇宙だって……。セレナの心も壊れたんだ。


 もしセレナの魂が罰をうけているならオレがすべて肩代わりする! 死んだあとだけどな。


 キュウ(……鼻がなっちゃった。こんなにやさぐれた男にそこまで想われてるなんてすごい。

 自分も女としてそこまで想われてみたい……)


 セレナより残酷な人生を送った人間をオレは知らない。


 でも死んだ人間を生き返らせることができてもオレは蘇らせない。生き返ったらセレナは二度死ぬことになる。そんなのかわいそうだろ?


 これはオレの妄想だけど、セレナの魂はいま眠ってるか休んでる。もしかしたら宇宙が終わるまで……。


 悲しい終わり方をしたいのちでもちゃんと行くところはあるし、そこに安らぎはあるって思うんだ。


 ――それは、その気持ちは妄想じゃなくて祈りだよ。その気持ちが妄想だとしたら、こんな世界消えてなくなってしまえばいい。残酷すぎて。


 それにね、セレナさんの人生はすべてが残酷だったわけじゃないと思うの。


 なぜそんなことがわかる。


 アストリアという少年がいたからだよ。同じ女だもん、わかるよ。

 ねぇ、亡くなった人を想いつづけると生まれ変われないって知ってる?


 ………


 ときどきでいいから、セレナさんのこと忘れてあげて。わたしもそのお手伝いをする。


 クレリアがそういうなら、………。セレナもいつか生まれ変わるのかもしれないな。

 あれ? 慰めるつもりだったのにオレが励まされてる。


 へへ、ネタを考えておくっていったでしょ。


 ……アゼルをこんな目にあわせた子どもたちのこと許せるか?


 許せない。宇宙が終わるまで許せない。


 クレリアは優しいな。この宇宙が終わったらちゃんと許してやるんだぞ。

 だから復讐なんて考えるな。それをしなければいつかアゼルにまた逢える。オレはもうセレナに逢えないけど。


 そんな悲しいこといわないで。傭兵さんもセレナさんに逢えるよ。いつか、きっと。

 お腹減ってきた。ゴハン食べます。


 ゆっくり食べろよ。


 おいしい……! うまいもん食ってから死にてぇ。


 おいおい。

 あしたアゼルの遺体を葬ってやろう。


 お墓なんかいらない。


 アゼルのからだが傷んでいくのはかわいそうだろう。


 ………


 な?


 わかりました。

 なんだか眠くなってきました……


 寝るといい。


 ひとついっておきたいことがあります。


 なんだ?


 そんなに優しいことがいえるなら、いつもいえばいいのに………

(スヤァ……)

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