第三章 長い夜1

物語の構成上、鉤括弧(かぎかっこ)は使用しておりません。

女性が暴行されるショッキングなシーン(R15相当)がございますので閲覧に注意していただけますと幸いです。

 ラストシーンのセレナのセリフに『機動戦士ガンダム 水星の魔女 エピソード12』のクライマックスシーンとの類似性を覚える読者の方もいるかもしれません。

 セレナのセリフは作品のプロット段階から構成されたもので剽窃ではないことをご理解していただきたいのです。

 作者としても水星の魔女エピソード12視聴後、セレナのセリフを別のものにできないか十分に検討したのですが物語の構成上、どうしてもほかのセリフに代替することができませんでした。

 『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のスタッフ様に敬意を表すとともに、ファンの皆様にご理解をいただけると幸いです。



 オレには妹がいた。名前はアリシア。顔は覚えてない。


 どうして?


 やっとしゃべってくれたな。クレリア。母親が男の子は乱暴だからといって抱かせてくれなかったんだ。


 母親はいったよ。本当はアストリアは娘に付けたかった名前なのに、皮肉ねって。

 そしてアリシアは髪の色が輝かしい金髪だった。肌の色も瞳の色も明らかに違う。

 オレの両親はオレと同じこげ茶色の髪をしているのに。


 そしてオレの家で働かされている奴隷の男たちはほとんど金髪だった。

 そう、父親が違ったんだ。だれでもわかることだ。


 父親シニオ・ウォルシュはキレまくったよ。バカ女、クズ女、あばずれ、毎日怒号が響いた。

 母親は家に居づらくなり出て行った。その日のことを今でも昨日のことように思い出せる……



『これであなたともお別れね。せいせいするわ。お父さんと仲良くやってね』

 オレの母親ラガージュはおさないアリシアを抱き、付き人すらつけずに家を出ることになった。


『おかあさんはボクのことがキライなの?』

 オレは母親の顔を見上げた。


『失礼ね。子どもを愛さない母親がいるわけないじゃない』

 母親はオレを見下ろした。


『どうしてウソをつくの』

『そういうところが嫌いなのよ』

 オレはからっぽの洞窟のような瞳で母親を見た。


『イヤな眼つき、父親そっくり!』

 その言葉はオレの心を引き裂いた。


『じゃあね、バイバイ』

 ラガージュは家を出ていった。


 ひとり立ち尽くしているといつの間にかセレナが後ろに立っていた。

『アッシュ……。今日は冷えます。館に入りましょう』

 オレは振り向かずにセレナに話しかけた。


『おかあさん、逃げちゃった。

 いいなあ、ボクはどこまで遠くへ行っても最後には自分であの家に帰るしかないんだ』

 その言葉はセレナの胸を貫いた。


『セレナ?』

 振り返るとセレナはわなわなと唇をふるわせていた。オレがつぶやいた言葉はセレナ自身の運命だったんだ。


 セレナはがばっとオレに抱きつき大声で泣き出した。激しい嗚咽。魂の慟哭だった。


 あまりにも寒い日だった。彼女の吐息、温もり、そして涙。いまでも覚えている。

 それが冷えた心に染み入ってオレももらい泣きした。ふたりはお互いの服を涙で濡らして泣いた。


 オレが天涯孤独のセレナに惹かれていたのはオレ自身が限りなく天涯孤独だったからなんだとそのとき気づいたよ……。


 セレナがオレに優しかったのも同じ理由かもしれない。


 ふたりはソウルメイトだったのかも知れないね。


 ソウルメイト?


 魂でつながった相手のことだよ。


 ソウルメイト……そうかもな。

 母親はどうでもいいが妹が生きていたら助けてやりたい。

 それ以降父親のオレへのしめつけはひどくなっていった。


 騎士学校でオレの成績が悪いと殺されるかもしれないと思うほどキレた。

 オレには家にも学校にも居場所はなかった。セレナだけが心のよりどころだった。


 でもオレがセレナと仲良くすることは彼女の立場を苦しくしていた。主人の息子にセレナが取り入っていると陰口を叩く人間もいた。


 オレは子どもだった。どうすればよかったのかいま考えてもわからないよ。

 それでもセレナとの思い出は幸せなものばかりだ。


 セレナがただ一度だけ怒ったことがある。オレはいまでもあの日のことを後悔している……。



 その日もオレはシニオに騎士学校の成績のことを怒鳴られていた。

『おまえはなにをやっても中途半端だ。いいか、もうおまえにはあとがないぞ』

 父親は息子を脅迫していた。


 オレはたまらず家を飛び出し森に入った。日が暮れ、あとで知ったが屋敷から使用人が捜索に出されていた。


 こんなとき一番にオレを見つけるのはいつだってセレナだ。オレたちの間にはテレパシーが働いていたのかな。


『アッシュ……』

 気がつくとセレナが後ろに立っていた。

 オレは日が暮れるまで湖を見ていたんだ。


 オレは彼女に告白のつもりで話した。

『セレナ、一緒に逃げない? セレナの故郷まで。

 人間が人間を奴隷にするなんておかしいと思うんだ』

 彼女はきっとした眼差しでオレをにらんだ。


『じゃあそのことを大きな街まで行って、大きな声でいってください。

 できませんよね? 子どもでもどうなるかわかってるんでしょう』

 視線をそらすことしか出来ないオレに彼女はいった。


『帰りましょうか、アッシュ』

『セレナ、怒ってる?』

『もう忘れました。さあ』セレナはオレの背中を撫でた。

 その優しさにはポロポロと涙がこぼれたよ。


 セレナはオレの涙を見てこういった。

『ルールを変えるためにあなたが王様になろうとしたら、この世界で一番寂しい人になる。

 そんな人になるより、わたしのともだちでいてください』



 セレナが彼女の短い生涯でオレに怒ったのはこのときだけだった。

 セレナはわかっていたんだ。人間が人間を奴隷にするのはおかしいと。


 あのときのことをいまでも謝りたいよ。でもオレはそのときなにもいえなかった。

 その日を境にセレナとの距離は遠くなった。廊下ですれ違う彼女の顔はつらそうだった。

 そして事件が起きた。



 オレは14歳になっていた。声変わりもしていた。そのときセレナは20歳はたちを超えていただろうか。


 オレは騎士学校からいつもより早く帰ってきた。その日は地元のお祭りがある日なのだ。

 セレナを屋敷から連れ出して一緒にお祭りに行こう。

 それはオレのささやかな夢の第一歩だった。


 オレの夢はセレナを奴隷から解放し彼女の故郷で暮らすことだ。そのことを今日話そう。そう思っていた。


 セレナは屋敷のどこにもいなかった。この時間は清掃作業をしているはずだ。まだ終わってないなら手伝ってあげよう。そして祭りに誘う。……オレは屋敷中を探し回った。


 ある部屋でか細い悲鳴が聞こえてきた。わずかに開いたドアから中をのぞくとセレナが半裸で悲鳴をあげていた。そのうしろに服を着ていない父親がいる。


『死んじゃう、死んじゃう』セレナは息も絶え絶えで声をあげた。

『⁉』オレにはふたりがなにをしているのかわからなかった。

 ただひとついえることはこのままではセレナは死ぬ……助けないと!


 オレは全力で飾り物の剣が壁に飾ってあるリビングに行き、剣を取った。

 急いでセレナが犯されている部屋に戻り扉を蹴破ると父親に斬りかかった。


『わああああああ!』

『なんだ、おまえは⁉ その剣はどこから……』父親がそのつづきをいうより早く剣を振り下ろした。


 剣は父親の右肩にざっくり食い込んだ。

『ぎゃあああ、痛い、痛い、誰かー! 誰か来てくれー‼』

 オレは血塗られた剣を持ったまま、返り血を浴びてセレナのほうを振り返った。

『セレナ、大丈夫?』


 セレナはオレの姿をみて驚愕し、『人殺し』と小さくいった。



 そのときオレは世界が壊れる音を聴いた。

 世界が壊れる音はまったくの無音。

 それでいてなにもかもが崩れ落ちるようだった。


 きっとセレナさんも同じ音を聴いたよ。

 そして、わ…わたしもアゼルがわたしの腕の中で息を引き取ったとき同じ音を聴いた。


 わたしもセカイが壊れるオトを聴いたの!


 


  つづく

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