第七章 シオンの恋物語

 次の日、アストリアが眠りから目覚めると、同じ部屋で半裸のシオンがさらしを巻いていた。


「またか……」

「よう、起きたか」


「なんでオレの部屋で裸になるんだ。鍵は?」

「かかってなかった」


「う~ん、しまった」

 昨日クレリアたちを部屋から追い出して施錠するのを忘れてしまったらしい。


「聞いてくれよ。あの子どもがさ、わたしがさらしを巻こうとしたら同じ部屋で裸になるなっていいだしてさ。ほんとムカつくよ」


 シオンとクレリアは相部屋だった。

 これはフランクが決めたことである。

 このパーティの最重要人物であるクレリアが一人部屋では不安がある。


 女性で、しかも戦闘能力が高いシオンが加入したことは護衛の面でも重要な出来事だった。


 もっとも、いまシオンはクレリアを部屋にひとりにしているわけだが……。


「どうして仲良くできないんだ、女同士だろ」


「同じ質問を2回もするなよ」


「でもよ、仲が悪すぎるだろ」

 そこまでいってアストリアは自分が半裸のシオンの背中に見入っていることに気づいた。


 彼女の体は刀傷だらけだった。おそらくは修行でついてしまったものだろう。

 彼女は左腕に包帯を巻いている。


 目のやり場に困りながら会話をつづけた。

「その腕、ラウニィーの魔法でやられた傷がまだ治ってないのか?」


「……いや、この包帯は、――隠すためだ」

「なにを?」


「………。」シオンは沈黙で答えた。


「オレは左手に火傷があることを隠して生きてきた。でも、あいつらの前でさらしたら楽になった。晒せよ、本当の自分を。

 オレはその包帯の下になにがあっても驚かない」


「………」シオンは無言で包帯を解いた。

 そこには刺青があった。

 それだけではない。

 刺青の上を刀傷が走っている。


「ソードマスターの証である紋章を野党の集団と闘ったときに傷つけられたんだ。一生の恥だよ」


「オレはおまえの傷も、生き方も美しいと思う。そこまで高潔に生きられる人間はそうはいない。ソードマスターであることを誇れよ」


「ソードマスターはただの一度でも敗北を許されない。敗北は死でなければならない。おまえはわたしに勝利したのにいのちを奪わなかった。

 ――わたしはもうソードマスターを名乗るつもりはない。

 ひとりの女として生きたい。

 ふたりきりのときはエルトリアと呼んでくれ」


「ああ、エルトリア。いっそ剣を捨てたらどうだ」

 アストリアは彼女の真の名を呼んだ。エルトリア・パレスが彼女の真の名であり、彼女は亡国の王女なのだ。


 彼女の動きが止まった。

 もうさらしは巻き終わって、薄い上着を羽織っていた。


「わたしは裁縫の仕方を知らない、雑な料理しか作れない! 剣を捨ててどうしろというんだ⁉」

 彼女は堰を切ったように口調が荒くなる。


「剣道の師範代でもやりながら生計を立てて、裁縫教室とお料理教室に通えよ」


「本気でいってるのか? ソードマスターのわたしに真剣以外の剣を持てって。年下のやつらと一緒にお裁縫の勉強しろって? やだよ」


「ソードマスターは辞めるんじゃなかったのか。まだ18歳だろ、人生を悲観するなよ」


(ああ、クソ、ややこしい。サバよむんじゃなかった)

「もし、それをやるといったら、おまえは傍にいてくれるのか」

「いや、出来ない。クレリアの傍にいなければ」


 彼女は目を閉じた。皺がでるほど強く。

「おまえは誰か好きな人はいるのか?」

「いや……」


 彼女は椅子から立ち上がった。

「おまえのエロ本の趣味にはマジ引いた。でも……。

 わたしの理想の男性像はわたしより強くて、優しいこと。わたしは人生にパートナーがほしい。幸せになるのを十数年待ったんだ。これ以上待ちきれない」


 彼女はせっかく着た上着を脱ぎはじめた。

 アストリアはその行為の意味が解らず凝視してしまった。


 振り返った彼女の上半身はさらしのみ、下半身はベルトもしめてないズボン。

 顔は上気して、切なげな瞳でアストリアにゆっくりと近づいてくる。


「え? え?」

 見上げるアストリアの前でさらしを解いた。

 豊かなバストを片手で隠していた。


「ちょっと待った! おまえとなにか・・・してクレリアとまともに話せなくなるのはいやだ」


 彼女の動きはぴたりと止まった。


「女の勘は鋭いんだろ? 知らねーけど。へへ。オレにとってクレリアと会話する時間は大切なんだ。

 ……なんなんだろうな、この気持ちは」


 彼女はアストリアの頬を平手打ちした。

「――恋だよ、それは!」


「いてーな、おかしいだろ。あいつは14歳で、歳の差が9ここのつもあって、14歳と恋愛したら犯罪で……」


「性交渉したら犯罪だろうな。だが14歳に恋しても犯罪じゃない。おまえはあの子どもに恋をしてるんだよ。あと数年もすれば彼女も結婚できる年齢だ。将来を考えてやってもいいんじゃないか。

 このパーティはおまえのハーレムじゃない。調子に乗るなよ」


「………」

 アストリアはついに自分の本当の気持ちに気づいてしまった。


 かつてフランクの前できった啖呵たんかは真実そのものだった。


 妹で、娘で、恋人にしたいような存在。

 それがクレリアという少女だった。


 認めざるをえない。自分の中の恋心。

「エルトリア、すまなかった。そしてありがとう。恥をかかせた償いは生きているうちに必ずする」

 

「そんなことをいうひまがあったら、いますぐクレリアの部屋にいって気持ちを伝えろ」


「ああ」

 アストリアは立ち上がり部屋を出ていった。


 その背中を見て、彼女は想う。


 もしわたしがあの子どもより先におまえに出会っていたら……

 おまえはわたしを選んでくれた気がする。


 根拠はないが確信はある。

 旅には最後まで付き合ってやるよ。


 そのあとはおまえを忘れてパートナー探しでもするか……

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