第六章 アストリアの断罪

 アストリアとクレリアのふたりが宿につくと仲間たちは夕食を済ませていた。


「ふたりの分は残してある。温かいうちに食べるといい」

 フランクが眼鏡に触れて立ち去った。

 彼なりの思いやりの言葉だった。


 フランク、シオン、そしてアルフレッド、皆がふたりが帰ってくるのを食堂で待っていたのだ。


「祭りはどうだった? お嬢さん」

 アルフレッドがクレリアをからかうように問う。


「なんか、キラキラしてました。そう、キラキラとしかいいようがない。それくらいキラキラした夜でした」

 クレリアは興奮も隠さずに答えた。


「それはよかったな、さ、ふたりとも座って食べな」

 アルフレッドが席を促すと、ふたりは少し冷えた食事を食べた。

 アルフレッドもフランクと今後の打ち合わせをするために席をたつ。


 シオンはまだ席にいる。「わたしも行けばよかったかなぁ」


 クレリアは優越感に浸った。

 今夜の思い出は、わたしたちふたりの特別なものなんだから!


 そう思うと冷えた食事めしもうまい。

 アストリアは疲れていたのであまりしゃべらなかった。


 食事が終わり一息つく。

「じゃあ、一緒に風呂入るか」


 シオンはクレリアを入浴に誘った。

 彼女は東方の地で公衆浴場を利用していたので他人に裸を見られることに抵抗感がないのだ。


「わ、わたしは女性にも裸を見られたくないので……」

 クレリアは自信なさげに帽子を握った。


 

「ふーん……」シオンはクレリアのからだをジロジロと見た。

「なんですか」

 クレリアはきっと胸のことをからかわれると思った。


「水の飲み過ぎでおなかぷよんぷよんだもんな(笑)」

「体形のことをいう人、大嫌いです‼」


 クレリアはみるみる赤くなり沸騰したやかんのように怒って、速足で去ろうとした。


 途中でくるっと振り返り、フェイたちから貰ったお土産の袋を手に取った。

「忘れました!」そのまま食堂から出ていった。


「あんまりクレリアをからかうなよ、かわいそうだろ。14歳の子どもなんだぜ」

 黙って見ていたアストリアが彼女を諫める。


「わたしは仲良くしてやってるつもりだぞ」


「おまえのほうが4つも年上なんだから、大人げないこというなよ」

「4つ?……ああ4つ上なんだな、そうだよな」


 シオンは自分が年齢を偽っていたことを思い出した。実際は相当年上なのだから、たしかに大人げなかったかもしれない。


「オレはおまえにクレリアを見守ってほしい」

「それはどういう意味だ」


「クレリアは女性だ。女性しか立ち入れないところに行くこともあるだろうし、そのときオレは守ってやれない。女性にしか打ち明けられない悩みだって抱えているかもしれない。そんなときクレリアに寄り添って支えてやってほしい」


「おまえはやさしいんだな。……わたしは風呂に行くよ」

 シオンが立ち去ると、アストリアは外出の準備をした。

 さて、クレリアも自分の部屋に行ったみたいだし、もう1回出かけるか。


 アストリアは祭りも終わった夜の街に繰り出した。

 その様子をロビーで見つめる目があった。


 クレリアは自分の部屋に行くと見せかけ、渡り廊下を一周した。

 そしてロビーのテーブルに座り、新聞を読むふりをしてアストリアを監視していたのだ。


 きっとあの男はエロ本を買いに行くに違いないと思って。



 1時間後、アストリアは黒い袋を持って帰ってきた。幸せそうな顔である。

 自分の部屋に入ると腕組みしたクレリアとシオンが立っていた。


「わっ、人の部屋に勝手に入るなよ。鍵はどうしたんだ」

「仲間が忘れ物をしたといってマスターキーを借りました」(クレリア)


「なんのために?」

「あなたが女を買ってないか待ち伏せするために」(クレリア)


「人聞きの悪いいい方をするな、これは本だよ」

「わたしはおまえの性癖には興味はないんだがクレリアがどうしてもというのでな。なにを買ったんだ?」(シオン)


「天文学の本」

「ぜひ見たいです。見せてください」(クレリア)

「18禁の天文学の本だ」

「そんなものがあるか!」(クレリア)


「わたし、18歳を超えてるぞ。見せてくれ」(シオン)

「しまった」(小声で)

「いま、〝しまった〟って」(クレリア)

「ええと、高等数学の本だ」


「教えてあげますから、見せて」(クレリア)

「違った、気持ち悪い虫の図鑑だ」


「白々しいウソをつくな! 見せろ! 検閲だ!」(クレリア)

「やめろ、ひっぱるな! やめてくれ!」


「このーっ」クレリアは力任せに袋を取り上げようとした。

「ああーっ」袋が破れた。


 ばたばたと地面にアストリアが買った本が落ちた。それも2冊だった。

 2冊とも表紙はあられもない姿の若い女性であり、まぎれもなく成人男性向けの書籍だった。


「見るなっ、見るなーっ」

 アストリアは必死に本を隠そうとした。


 その光景をクレリアとシオンは軽蔑の眼差しで見ていた。

「よくもォ……。こんなこと、オレを辱めて楽しいのか」


「楽しいよ」(クレリア)

「オレのプライドはクーちゃんのせいでズタズタだよ」

「それは良かったです」(クレリア)


「……2冊も買うなんて、すごい性欲だな」(シオン)

「人権蹂躙だ。訴えてやる」


「そんなことしたら、わたしはあなたがふしぎなんちゃら隊の構成員だったことをチクってやる」(クレリア)

「クー坊は天使の顔をした悪魔だ」


「お褒めにあずかり光栄です」クレリアはしゃがんで、1冊を指さした。「これは、なに?」


「天文学の本に見えないか?」

「わたしにはおっぱいに見えます」


「これは、なに?」クレリアがもう1冊を指さした。

「高等数学の本に見えないか?」


「わたしにはお尻に見えます」クレリアは2冊を手に取って「これらは気持ち悪い虫の図鑑ですか?」


「オレには若い女の裸に見えるが……?」

 クレリアはその本でアストリアの頭を軽く叩いた。


「エロ本じゃねーか。語るに落ちたな」シオンが冷たい口調でいった。

 アストリアが彼女を見上げる。「うっ」

 シオンの瞳には蔑み、哀れみ、失望その他あらゆる負の感情が込められていた。


「この表紙の女、髪を切るまえのわたしに似てないか?」

 アストリアは視線を泳がせた。

「チガウヨ」

 

「本当におっぱい好きなんですね」(クレリア)

「それは誤解だ」アストリアは堂々と否定した。


「誤解なわけあるか! おっぱい嫌いな人はおっぱいが表紙の本買わないでしょ!」

 クレリアは本を指さした。

「哲学的だな」


「よくもぬけぬけと……。新しい街に着くたびにエロ本買って、ち〇ちんたてて、なんていやらしい男だろう‼」(クレリア)


「そんないい方ひどい……」アストリアはしゅんとした。目元をおさえた。

「泣き落としはきかない!」(クレリア)


「ちっ」アストリアは舌打ちして横を向いた。

「おまえは、童貞だろう?」(シオン)


「は、はい」シオンの鋭い言葉に動揺してかしこまった。

「こんないかがわしいものを買う勇気はあるのに女を口説く勇気は持ってないのか?

 情けない」(シオン)


「そんないい方ひどい……」

「泣き落としはきかない!」(シオン)


 アストリアはしゅーんとした。

「傭兵さん、叱られたイヌみたいな顔してるよ。

 あなたは女なら誰でもいいの?」(クレリア)


「いや、オレはおばあさんや男の娘には興味がない」

「まじめに答えるな! ボケナス!」(クレリア)


「そんな汚い言葉を使っちゃダメだ」

「誰のせいだよ」(クレリア)


「わたしもこれは容認できないぞ」(シオン)

「違うんだ!」

「なにが違うんだ!」(シオン)


「これだけのものを前に白を切るところがすごいな」(クレリア)


「セレナが死んだあと寂しいんだ。だからこういうものを買ってしまったんだ。ぜんぶセレナがいけないんだ」


「サイテー」(クレリア)

「セレナって確か……」(シオン)

「この人の初恋の人です」(クレリア)


「ふぅん。そのセレナという女とコレとなんの関係があるんだ?

 逆におまえはセレナという女にこういういかがわしいことがしたかったんじゃないのか?」(シオン)


………。アストリアは長い沈黙のあと語りだした。

「くっ、あなたたちの執念には負けました」


「かわいそうに……。わたしの分析によるとあなたは初恋の女性と結ばれないまま死に別れたために性欲が肥大化してしまったのですね。

 失恋の喪失感を埋めるためといってもこの量は異常であり、やはり先天的にエッチだったのでしょう」(クレリア)


「オレの性欲を冷静に分析するなクソガキ」

「ああん? 今なんていいました?」(クレリア)


「いえ、なにも」


「これだけのものを毎回買うお金があったらエッチなことしてくれるお店に行けるんじゃないの?」(クレリア)


「それは、……オレって純情だろ?」


「純情の意味がわからなくなる!

 わたしの中で純情という言葉の定義が根底から揺らいでいる!」(クレリア)


「もういいだろ。ふたりともこの部屋から出ていってくれ」

「このあとなにするの」(クレリア)


「え? ナニって、……ナニもしないよ。風呂入って寝るだけだよ」

「エッチな本見るんじゃないの?」(クレリア)


「うるさい、うるさい、出てけ」アストリアはふたりを押し出そうとした。


「一言だけいいですか? 奥さんになる人かわいそう、ふふっ」

 部屋から出るときクレリアは哄笑した。


 シオンもつられて嗤っていた。

「うるせーよ、黙れよ。クソガキ! 今日ほどおまえを小憎らしいと思ったことはない、覚えてろ。いつか泣かしてやるからな。シオンも笑ってんじゃねー」


「あんまりち〇ちんいじりすぎるとバカになるぞ。もう手遅れかも……」

 シオンがいい終わる前に扉を強く閉めた。


〝バン!〟


「はぁ……」

 さすがに女性ふたりの前で性癖暴露はショックだった。


 めそめそしながらクレリアたちがぶちまけたものを丁寧に拾って片付けた。

「今日は風呂入ったらすぐ寝よう」


 誰にともなくしょんぼりとつぶやいたのだった。

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