第五章 月に打ち込まれた銃弾

 クレリアはたくさんお土産を貰って帰路についた。

 荷物は全部アストリアに持たせている。


 一番嬉しかったのは、役者たちとフェイがサインしてくれた脚本を貰えたことだった。


「よかったな、クレリア」

 アストリアがお土産の入った袋を見ながら話しかける。

「あっ! カインの爪のあか貰うの忘れた」

 

「あのな……」

「冗談です。あなたはあのお芝居見てどう思いました?」

「………。」


 アストリアは〝もう一度あなたに初恋したい〟というセリフにセレナのことを想起せずにはいられない。


 だがクレリアの前では黙っていた。

「あそこの店なんだろう」別の話題を振った。


 そこは小さい占いの出店だった。

 ふたりが立ち止まると占い師が表に顔をだす。


「もうすぐ店を閉めるから格安で見てあげますよ」

 その占い師はグェンと名乗る黒人女性だった。鼻にピアスをしている。


 瞳の色が印象的な深緑ディープグリーンである。

 大陸東部出身ではなく、占いをしながら旅をしているという。

 

 とても流暢に話すが、大陸に存在する言語を9ヶ国語以上は話せるらしい。

 

 アストリアは一興だと思ってテーブルに座った。

 クレリアは隣に立っている。

 占い師というと老婆を想像したが全然若い女性だった。


「生年月日と出身地、できれば出生時刻をおしえてね」

「帝歴577年3月15日、ディルムストローグ領東部生まれ。出生時間は正午ちょうど」


「たしか?」

「間違いない」


 アストリアは屋敷の使用人たちが〝坊ちゃんはお昼ちょうどに生まれたんですよ〟などといっていたのを思い出す。


「ふんふん……」水晶をのぞき込む。彼女の両手は指輪だらけだ。

 その占い師は魔法の才能があった。

 杖がないので魔法は使えないが、ホロスコープをイメージできるのだ。


「まずあなたは運が良いね。眼に見えないものに護られている」


 アストリアはこの占い師はハズレだと思った。

 自分は運が良いとはとても思えない半生を送ってきたからだ。


「家で大変な苦労をした」

 アストリアの表情が変わった。

「なぜわかるんだ」


「破壊と再生の星である冥王星プルートが家庭環境を表すハウスに入っている。

 母親も変な人だね」

 アストリアは真実をいい当てる占い師に驚嘆した。


「男性にとって女性を表す金星ウェヌスが暴走している。女性関係で苦労してる」

「くっ」アストリアが苦しそうな顔をすると、クレリアは口元を抑えて笑い出した。


「次はあなたの現状をカードで占うわ。

 このカードはダークロード・カイナスと光の巫女ウルルの物語がモチーフになっているの」


 カードをシャッフルしたグェンはアストリアにカットさせた後、12枚のカードを並べた。

 占い師が眉をひそめる。真剣な表情である。


「とても強い暗示のカードが何枚も出てるわ。希望を象徴するカードも、破滅を象徴するカードも出てる。

『地下牢の守護天使』

『ワイズマン』

『天使の仮面をつけた魔女』

『悪魔の子ども』

『三人の恋人たち』

『月に打ち込まれた銃弾』

『死の天使』

『聖王に使える女』

『狂王の千年遺跡』

『癒しの女神』

『深紅に染まる翼』

『中立の天秤』

 これらはあなたの人生でこれまでに起こったことと、これから起こりうることを表している。

 アドバイスとして……あなたは光を求めている。そのためには闇と訣別しなくてはいけない。あなたは人生のどこかで闇と対峙する」


 不吉とも吉兆ともいえる予言にアストリアの顔は真剣になった。

 グェンは続けた。


「でも忘れないで。あなたの心もあなたの人生もあなたのもの。人は運命の奴隷じゃない。希望のカードが出たこともね。あとは色欲の強さも心配だわ」

 

 黙って聞いていたクレリアがぷっと吹き出しアストリアに指をさして笑った。

「当たってます~! この人超スケベですぅ! 占い師さんにいわれてやんの」


 アストリアは歯ぎしりした。


「最後にあなたを護っているものがなにか見てあげます」

 グェンはカードをアーチ状に並べるとアストリアに直感で引かせた。


「あら。2枚だわ」カードをめくったグェンの表情が一変する。


「女神イシュメリアと、……ありえない!

 ……魔王カイザード‼

 わたしはこれで!」

 ひいてはいけないカードをひいたグェンは顔面蒼白になり早々に荷物を片付けると代金すら受け取らずその場から立ち去った。

 取り付く島もなかった。


 魔王カイザード。紛うことなき魔族を統べる王の名。

 およそ千年前、セカイから棄てられた少女が魔界とのゲートを開き、魔族と人類の戦争によって前世界は滅びた。

 その魔族を統率していたのが魔王カイザード。

 その名は忌み名として人類の記憶に深く刻まれている。


「なにをそんなに慌てていたんでしょう。偶然ですよ」

 クレリアがつぶやく。

「オレもそう思う。まさかな。

 さて、行こうか」


 先ほどの余韻も新たな気持ちで塗りかえた。

「星がきれいだぞ、クレリア」

 アストリアの言葉にクレリアは夜空を見上げた。

 建物の灯りで輝きは薄れていたが星々は煌々と輝いている。


「あと何回ふたりで星を見上げられるかなぁ……」

 クレリアはか細く切ない声を出した。


「何回だって見られるさ、クレリア」

 アストリアはクレリアを励ましたつもりだった。


 だがクレリアの表情は苦しく、絶望の色を宵闇が隠している。


 そのとき、ひゅるひゅるとした音とともに空高くなにかが打ちあがり爆発した。

 その閃光は夜空に美しい火花を散らした。


「なんだあれは、魔法テロか⁉」

 アストリアが驚愕の言葉をあげると、近くの老人が教えてくれた。


「あれは東方から輸入した花火だよ。

 新年のお祭りのために特別に用意されたお祝いの花火だ」


「文献で読んだことがあります! キレイ……」

 クレリアの声をあげた。アストリアも同じ気持ちである。


 ふたりで花火を見上げているとクレリアはそっとアストリアと手をつないだ。


 アストリアが驚いて彼女を見る。

 彼女は花火から視線をそらさず頬が紅色に染まっていた。


 それは花火の照り返しによるものだったのだろうか。

 彼女はなにもいわず、彼も手を握りかえした。

 あたかも月に衝突して大輪の華を咲かせる花火たち。

 花火が終わるまでふたりで夜空を見上げていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る