エピローグ 血は水よりも濃いか? 後編

 アストリアとシオンのやり取りを遠目に見ていたクレリアはなにを話しているのか気が気ではなかった。


 小さな声で話しているので内容は聞き取れない。


 焚火の近くに戻ってきたアストリアは、すっきりした顔だった。ショックだった。


 傭兵さんを励ますのはわたしの役目なのに!

 このドロボウネコ!

 トンビが油揚げかっさらうような真似をして、許さない!


「オレは最初から天涯孤独だったんだ」そういって、彼は嗤った。


 その場にいるものは自分を天涯孤独というまだ若い青年に哀れみを感じた。


 アルフレッドは本当の親を知らない。

 フランクは己の過去に思うところあった。


 親がいないクレリア、シオンも胸につまされるものがあった。

 この場にいる人間で肉親に愛されたものはいなかった。


「参考までにいっておくが私も事実上の天涯孤独だ。

 私の赤眼は後天的なものだ。

 継母の研究によって人工的に魔力を付与された。

 私が魔力を得て最初にしたことは継母家族の暗殺だ」

 フランクは眼鏡を外して過去を語りだした。


「暗殺って。よく捕まらないな」

 アルフレッドが目を丸くする。


「完全犯罪など容易い。

 地下室に1年がかりで魔方陣を描き異次元に飛ばしてやった。

 事件にならなければいいだけのこと」


「恐ろしいやつ。

 おれも生まれは天涯孤独だぜ。

 割と幸せに育ったけど」とアルフレッド。


「わたしが天涯孤独のことは周知の事実だ」とシオン。


「わたしもそう。天涯孤独。

 もし家族がいるなら、傭兵さんだと思ってる」

 クレリアはアストリアを見上げた。


「奇しくもこのパーティは天涯孤独の集団だったというわけだ。

 ……くくく、ふふっ、ははははは」

 フランクが狂った機械のように笑い出した。


「なにがツボにはまったんだよ、少しも笑えないよ」

 アルフレッドが呆れ顔をした。


「そうだ、アストリア。

 君が望むなら君が執着している女性の誕生日を調べられると思うが、どうするかね」


 フランクは眼鏡をかけ直した。

「そんなことができるのか⁉」


「家族同然だったのだろう。

 生前に、彼女自身も君のことを肉親のように思っていたなら恐らく可能だ」


「ぜひやってくれ」

「遺品が必要だが」


「遺髪がある」

 アストリアは荷物の中から封筒に入れられた遺髪を取り出した。


 クレリアはその金髪を見た。

 ひとりの人間が生きた証が、たった一房の遺髪しか残っていない。

 その現実と、アストリアの想いに打ちのめされるようだった。


「……君の話しぶりから十分可能だと思う」


 フランクは手渡された遺髪を紅晶の手前に置き、因果律測定羅針盤を傍に置いた。


 因果律測定羅針盤の針がくるくると回りだし、そして止まった。フランクはその数値を読み取った。


「聖歴……991年……11月21日」

「それがセレナの誕生日か。今日じゃないか!」


「確かな数値だ」

 血縁者以外のサーチをしたクリスタルはひび割れて音もなく崩れ去った。

「たった一度でも祝ってあげたかった……!」


「祝ってあげていいよ。わたしはなにもいわない」クレリアが声をかけた。


「これから家族のことを聞かれたらおまえらのことを家族といっていいか?

 おまえらが家族なら、オレは恵まれている」


 アストリアはその場にいるものに呼びかける。

 またひとつ彼の魂が研ぎ澄まされた。

 表情はぎこちない笑顔だった。


「握手しよう」アルフレッドが提案した。

 それは偽善だったかもしれない。

 だが彼らのうちでそう思うものはいなかった。

 なぜなら彼らには本当の親がいないから。


 アルフレッドはなんだか嬉しかった。

 最初に会ったときアストリアは孤独にむしばまれて表情に陰がさしていた。


 人は変われる。

 あるいはもともと持っていた光や希望が彼の心に再び宿ったのかもしれない。シェリーとの約束は果たされた。


 自分は見守っていただけだが、彼が家族の中に自分も入れていたことは友人として嬉しいことだった。


 フランクは眼鏡の位置を中指で調整した。「その家族の中には私も入っているのかね」

「察してくれよ。頭いいんだろ?」


「ふん」フランクはそれ以上なにもいわず彼と握手した。

 アストリアはシオンにも手を差し伸べた。


「いいのか? わたしはいつかおまえを斬るかもしれないぞ」

「殺しあいをしてお互いに生き残った。

 それは特別な縁だろう」

「ふっ」


 幼い日、親がいないことは彼女をどれだけ苦しめ、卑屈にさせ、自分自身に傷ついたかわからない。


 あれほどまでに恋焦がれた家族があっけなく手に入ったのは拍子抜けだった。


 純粋に嬉しかった。正真正銘天涯孤独である彼女にはじめての家族ができたのだ。あのときこの男を斬らないでよかった。


 シオンは握手を返した。彼女の表情は呪いが解けたような笑みだった。


 クレリアも握手した。嬉しかった。でも少し苦かった。


 あっ、シオンさんのことも家族にいれちゃうんだ。

 わたしだけの傭兵さんだと思ってたのに。


 それに本当はセレナさんと本当の家族になりたかったんだろうな。この人の心からセレナさんを追い出すことはできないんだ。


 こんなこと考えちゃいけない、どうしてわたしはもっと大きな愛を持てないんだろう。どうして素直に彼を祝福できないわたしがいるんだろう。わたしは悪い人間かもしれない。


 その後もアストリアとシオンは並んで焚火にあたり談笑している。アストリアの表情はクレリアが一度も見たことがないものだった。


「ふにゃ~ん……」なんとも情けない声をだしてその場を離れた。

 アルフレッドが気付いて後を追いかけてきてくれた。

「どうした、お嬢さん。様子がおかしいけど」


「アルフさん、わたしはやさぐれたワンコロをいっぱい慰めて、遊んでやったの。

 わたしはワンコロと遊ぶのが大好きだったの。

 でもそのワンコロの前に金色の毛並みのメスが現れてワンコロを取られてしまったの。

 すけべなワンコロは魅力的なメスに夢中なの。

 わたしはもうなにも楽しくないの。

 わたしは気づいたの。

 わたしにとってワンコロと遊ぶ時間はなによりも大切だったって。

 わたしはどうすればいいと思う?」


「それをそのままアストリアにいってやれ」

「どうして傭兵さんのことだってわかったの⁉」

「わかるよ。わからないほうがおかしい」


「いえないわ。嫉妬深い女だって思われちゃう」

「じゃあ信じるしかない。イヌはいっぱい遊んでくれたご主人様を裏切らないって」

「………。」クレリアは深く沈んで地面を見た。

「おれのカンだとあいつはお嬢さんを裏切ってないと思うけどな」

「でも、目に映るものは真実だから」


「お嬢さんらしくないぞ。あいつは誰にでも優しいんだよ。きっと。

 それぐらい知ってるだろ?」


「うん……。じゃあわたしは?

 わたしは特別じゃないの?」


「その答えはお嬢さんが知っているんじゃないのか。

 出会ってからいままでのことを思い出してごらん」


 クレリアは天を見上げた。

 星空を見て、いままでのことが走馬灯のように浮かんだ。

 泣いたとき。

 怒ったとき。

 笑ったとき。

 絆を感じたとき。

 星を映すクレリアの大きな宝石のような瞳に涙がにじんでくる。

 クレリアは涙目のまま笑顔をつくった。

 星たちはなにも語らず数光年先からの輝きをはなっていた。




セカイが壊れるオトがする -Medium of Darkness- 第二巻 火星薔薇の王冠編 完

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