第十五章 紫眼の魔女 前編

追記:第一巻ラストエピソードは文字数が多かったため前編・後編、エピローグに分割処理をを行いました。



 キースとの決闘が終わった翌日、一行はパルティアを発つ予定だった。

 朝食のとき、クレリアはほとんど食べなかった。そして伏し目がちにいった。


「マスター、わたし体調が……」

「わかった。出発は遅らせよう」フランクはあっさりクレリアの意向を受け入れた。


「明日も悪いと思います」クレリアは口元を拭いた。

 アストリアはとにかく彼女が心配で、顔色を窺った。

「クレリア、大丈夫か? ほとんど食べてないし……」

「うっさいなぁ」クレリアは不機嫌そうに冷たい態度で、眉をひそませた。彼女は席を立った。


「アゼルや~、おいで」食事を食べ終わったアゼルはクレリアにトコトコとついていく。


 アストリアがその様子をじっと見ていると、「なに見てんのさ」といい放ち自室に向かった。


「お、おい」意外なほどの冷たさにアストリアは動揺した。昨日心が通い合ったと思ったのに。テーブルに残ったふたりに向き直った。


「あいつどうかしたのか? それともオレなにかしたかな」


 アルフレッドは食べるのを一時中断した。

「おまえ、世界一のバカだな。女には体調の悪い日があるんだよ」

「え? 14歳でもあるのか」


「おまえ、なんにも知らないんだなぁ。おまえの周りに女性はいなかったのか?」

「セレナは毎日働いてたな」

「きっとつらかったはずだぜ」


(ごめんよ、セレナ……)アストリアはセレナの魂に謝罪した。

 考えてみればクレリアより大人の女性だったセレナになかったはずはない。だが、少年時代の自分は気づくこともなかった。


 この歳になってもオレはバカなんだな。

「おれは女だらけの家で育ったからさ。ナプキンとか買い出しに行かされたぜ」

「それは普通なのか?」

「いま思うとちょっとヘンかもな。おれは教会のまえに捨てられているところを娼婦に拾われて育ったんだ。でも愛されていたと思うぜ」


「へー。オレがクレリアにできることはあるかな」

「そうだな、そっとしておいてやれ。デリケートな問題だから。〝大丈夫か?〟はNGだ」

「さっきいっちゃったよ」

「ははは、株が下がったな」(注 西方では野菜の株は高値で取引されておりその相場は季節により変動し慣用句になるほどである)

「他人事だと思って」


「ははっ気にすんなよ。なんだかんだいっておまえいいお兄ちゃんしてるぜ」

 その言葉にアストリアは表情に翳りがさした。


「演じてるだけさ、優しい兄貴を。

 キースがクレリアに乱暴するといったとき、オレの脳はやつを殺す方法を計算していた。冷静に。

 クレリアを護るためならオレはもう一度不死鬼ふしきになる。自分でも思うよ、残酷だって。

 いつかクレリアも愛想をつかすさ」


「そんなこと……。キースってやつそんなに強かったか?

 おまえの圧勝じゃないか」


「はぁ? なんにもわかってないんだな。全盛期のオレでもヤバい相手だ。勝てたのは紙一重だったよ」


「不死鬼ってなんなの?」

「暗黒騎士団て知ってるか?」


「あれだろ。ドミニオン戦争で暴れまくった軍隊。生き残りが国際指名手配されているっていう」

「暗黒騎士団所属の傭兵部隊の別名が不死鬼」

「おまえ、やばすぎる過去持ってるな」

「最低なやつらさ。ゴハンの食べ方とか汚かったし、下品で卑猥なジョークをいつもいうし」


「気になるポイントずれてないか?」

「大切なことだと思うが?」珍しくフランクが会話に入ってきた。

「肩がぶつかっただけで殺し合いをはじめるプライドの肥満児たちだったぜ」

「いうね。

 キースはどうしておまえのことを憎んでたんだ?」


「オレがアイツの顔を斬って、不死鬼の隊長格を皆殺しにしたから。暗黒騎士団壊滅の原因を作ったのはオレだ」

「あの戦争が突然終わったのって……」

「オレが一枚噛んでる。あの戦争を終わらせるためにどれだけの人間が魔障を負った?破壊魔法で地形まで変わったっていうじゃないか。バカだな。

 オレは戦争なんて最初からやりたくなかった」


「恐ろしいやつ……。なんで皆殺しにしちゃった? ゴハンの食べ方が汚いからか?」

「そんな理由で皆殺しにしないよ。その日の気分かな。戦争とか飽きたし」

「殺人鬼じゃないですよね? 怖いんだよ!

 おれたちのことも殺すんじゃないだろうな」


「不死鬼の連中は最初から仲間じゃなかった。おまえたちのことは仲間だと思っている。それだけは信じてくれ」

「それにしてはこのまえおれが死んでも構わないみたいなこともいってたよな」

「あれはクレリアのいのちを優先するという意味だ」


「十分ムカつくんだよ! まあいいか。おれは心が海のように広いから許してやるよ」

「認める。アルフレッドって、実はこのパーティで一番大物かもな」

「嬉しいこといってくれるじゃないか。

 それにしてもおまえって凄い過去もってたんだな」

「あの頃オレは若かった……。血の気が多かったんだ」アストリアは遠い目をした。

「おまえまだ若いだろ。23歳だっていってたじゃないか。

 それにしてもフランク、おまえ優しいところあるんだな。出発をすんなり遅らせて。見直したぜ」アルフレッドの言葉に、アストリアもうんうんとうなずいた。


 フランクは黙々と食事を続けていた。

「当然だ。女性の体調を考慮せずに男女混合パーティは組めない」アストリアに視線を向け「君は知らないかもしれないが生理は1日2日で終わるものではない。当分この街に滞在かもしれない」


 旅の初日にクレリアの体力を考えない強行軍をしたこともあったが、それは彼女の体力の限界を知らなかったということなのだろう。アストリアは問い詰めないことにした。

 彼はふいにセレナとの少年時代を思い出した。


  追憶


「シーツを取り換えに来ました。今日は起きるのがいつもより遅いですね」

 セレナが扉を開けるとアストリアは顔面蒼白でベッドの上に膝を立てていた。

「どうかしたんですか?」


「……セレナ、ち○ちんから、なにか出た。ボクは病気かもしれない」

「え、ちょっと見せてください」

 アストリアはすがるような眼でセレナを見ながらパンツの中を見せた。

 セレナは少し臭いを嗅ぐ。


「……ああ、これは精通ですね」

「せいつう?」

「あそこから赤ちゃんのもとが出ることです」


「ええっ⁉ 赤ちゃんのもとってち○ちんから出るの? 汚くない?」

 セレナは軽く赤面して、咳払いしてから「とにかく病気じゃありませんから安心してください」

「はー、よかったぁ」アストリアは安堵した。


「はやく大切なものをしまってください」

「あ、ごめん」アストリアはパンツとズボンを履きながら「こんなことお母さんには絶対相談できないよぉ」

 アストリアのパンツのにおいを嗅がされたセレナはちょっと意地悪がしたくなった。

「なにか夢見ましたか?」

「‼」アストリアは瞳孔が開き、セレナを凝視してる。まるで服の上から裸を想像しているように。これほど人は赤くなるのかというほど顔が赤くなっていく。


 セレナは悟った。この子、わたしで……! セレナも赤面する。

「もう! 子どものくせにとんでもないエッチですね」

 セレナはそっぽを向いた。

 ……………。

「う……、ひっ、えっ、えっ」

 驚いてセレナがアストリアのほうを見ると少年はさめざめと泣いている。


 セレナに「エッチ」といわれたことがそれほどまでにショックだったのだ。セレナは子供心がわかってなかったと反省した。


――この子、わたしのことが好きすぎる。

 かがみこんで顔をのぞく。「冗談ですよ。エッチなんて思ってません」

「ほ、本…当に?」

「本当です」

「ぼ、ボクは……」

「もういいですから」頭をなでてやると、泣き止んでいった。


 セレナは複雑な気分だった。まさかアストリアの精通の現場に立ち会うことになるなんて……。セレナは遠い眼をした。

 男の子はどんどん成長しちゃうなぁ。そのうちわたしより背が高くなって……、声変わりもして、……そのときもわたしを好きでいてくれるかな?


「どうしたの? セレナ」

「いいえ、おパンツ洗っておきますから着替えて朝ごはん食べてください」

「はーい。ところでセレナ。赤ちゃんて女の人が産むんだよね?」

「……それは、そうですよ」

「じゃあなんで男のボクから赤ちゃんのもとが出るの? 赤ちゃんはどうやってできるの?」

「あ~、困ったな。どうしよう、その質問来ちゃった」

「どういうことセレナ、どうして困るの?ねぇ、教えて、教えて!」



 いま思うとあのときのセレナは困ったろうなぁ。しばらく質問責めしたけど、結局教えてくれなかった。

 男性の自分にもあった性徴がクレリアにもないはずはない。それはクレリアが健康に育っているということで喜ばしくかんじた。親心に近い感情だった。


 アストリアは歯を磨いたあとクレリアの部屋をノックした。

「どうぞ」

ドアを半分開けて「クレリア、さっきはすまなかった。なにかしてほしいことがあったらいってくれ。オレ、自分の部屋にいるから」

 クレリアはベッドに横になっていた。


「アゼルのご飯を用意して欲しいです」

「わかったけど、いつもどうしてる?」

「ネコと同じものを食べます。

 人間用の食事を食べるとネコは腎臓病になります。ミルクもネコ専用じゃなきゃダメです。ちょうど買いに行こうと思ってたの。一緒に行ってくれますか?」クレリアは体を起こした。「あと、ヘンに気を使わないでいつも通りにしてほしい。わたしを対等に扱いながら大切にしてほしい」

「お、おう、わかった」



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