プロローグ 譲羽の巫女の予言 第一章

  プロローグ



 わたしはセカイが壊れるオトを聴いた。

 セカイが壊れるオトはまったくの無音。

 それでいてなにもかもが崩れ落ちていくのだ。



 ――わたしがわたしを傷つけた人たちを赦せるくらい優しくなれますように。




  譲羽ゆずりはの巫女の予言



 冥府の門ヴァルケイン

 忌み名によって開かれ


 魔界の王カイザード来る

 不死鬼の軍団が全世界に宣戦布告する


 狂王アルマゲの断頭台にて

 破壊と再生が深紅の天秤に乗ったとき


 宇宙卵壊れ

 世界が終わる


 それよりさきに……星の歴史なく

 沈黙と虚無が宇宙を支配するであろう




  第一章 東方の地



 東方に渡ったフランク一行はイスタリスに向かった。


 旅のメンバーは最上級魔術師ウィザードのフランク、傭兵の戦士マーセナリィ・ファイターのアストリア、神官見習いプリエステス・アプレンティスのクレリア、盗賊シーフのアルフレッド、東方出身のソードマスターのシオン、成り行きでパーティに加わった小説家ノベリストのフェイ。


 彼らは癒しの女神を復活して治癒魔法を復活させるために旅をしている。


 島国独特の、閉じられた世界で構成された自然は繊細で美しかった。


 ところどころ巨大な建造物の遺跡がある。

 千年前の大崩壊によって半壊した建物が、魔界召喚と同時に異世界の物質で結晶化して解体する技術もなくそのままになっているのだ。


 彼らは岬からイスタリス周辺まで旅をした。


 そしてイスタリスの近くの村で宿に泊まった。


 聖歴1021年2月15日、東方の暦では紅歴20年同日のことだった。


 村といっても、宿のつくりは大きく、豪華なものだった。


 人々は外国人にも優しかった。東方の人々の教育レベルは思いのほか高いようだった。


 宿のつくりをアストリアはキョロキョロと観察した。

 木の柱、梁、自然照明……それらはエキゾチックで魅力的だった。


 言葉は通じるが独特な文字が使われていて、建物の看板や、食事処のメニューなど、あらゆる場面でひらがな、カタカナ、漢字が読めないと苦労する。


 ソードマスターのシオンはもともと東方出身なので困ることはない。


 小説家のフェイはクレリア以上に語学に精通している。古代ルーン以外の現存する言語は大学で学んでいたそうだ。


 アルフレッドは盗賊ギルドの仲間に東方の言葉をある程度教わっていた。

 フランクは漢字に精通しているわけではないが、多少なりとも知識があり、看板やメニューで困ることはなかった。


 クレリアは語学の天才だった。一度教わったことは絶対に忘れないし、基礎を教われば自分で学ぶべきことを吸収してしまうのだ。


 アストリアは……、まるで東方の文字が読めなかった。

 新しい言語に脳が拒否反応を示すようである。


 フェイが作る漢字ドリルを一日に100問解くことになったのだが、クレリアは大陸で使われている神聖語ホーリィの勉強も続けるべきと主張した。


 アストリアは嫌がったのだが……。

 次第にアストリアは衰弱していった。


 食事前に宿のラウンジのテーブルでアストリアの勉強会が開かれた。

 ホーリィの白紙の答案を見て、クレリアは怒った。


「どうして課題をやらなかったの?」

「………。」

「なんとかいいなさい」


「何ヶ国語もわかる人間にはオレの気持ちはわからない」


「傭兵さん、傭兵さん、傭兵さん!

 あなたはバカじゃない。やればできるはずよ」


「オレが自分のことをバカだなんて一言でもいったか?」

 クレリアは咳払いした。アストリアはつづけた。


「東方に渡ったんだからもう大陸の言葉の勉強しなくてもいいだろ!」

「なんて貧しい考え方なの」


 そこにフェイが、割って入った。

「アストリア君、ここの漢字間違ってるわよ」

「許してぇ! もういやだ」

 

「やめろ、ふたりとも。いじめとなにが違うんだよ!

 こいつの脳みそで天才と同じ勉強の仕方ができるわけがないんだ」

 テーブルに同席していたシオンが、仲裁に入る。


「わたしたちは天才じゃないですよ」クレリアはかぶりを振った。


「そうそう」フェイも眼鏡をクイとあげた。


「クレリア。おまえは学校には行ったことがないんだよな?」


「はい。いわゆる学校という機関には行ったことがないです。

 代わりにあるところで英才教育を受けました」


「はい、天才。フェイ、おまえは外国語を学ぶことはどういうことだと思っている?」


「パズルゲームみたいなものかしらね。学べば学ぶほど言葉の起源が共通していたりして楽しいわぁ」フェイは顎に手を当てて考えた。


「はい、超天才」

「そんなことはないわよ」フェイは否定した。

「そうですよ」クレリアも同意した。


「黙らっしゃい! 天才に凡人の気持ちはわからないんだよ。

 天才は良い教師にはなれないんだよ」

  シオンはきっぱりと断言した。


「心外ですぅ」とクレリア。

「わからなすぎると宿題だってサボるし、意欲がわかないんだ」


「そんなことある?」フェイは不思議そうだった。


「アストリアの勉強はわたしがみる!

 アストリアは1日30分書き取り、30分わたしと答え合わせ。

 ホーリィの学習は一時停止だ」


「シオン様」アストリアは拝んだ。


「本人のためになりません」クレリアは腕組した。


「決定事項だ。食事の準備ができる前に、風呂に入ろう。

 温泉を見たらみんなびっくりするぞ」


 女性陣は女湯に、男性陣は男湯に。露天風呂に入った。

 それは未知の体験だった。


「クレリア、フェイ、タオルは湯舟につけないんだぞ」

「は~い」露天に声がこだまする。


「お湯につかる前にかけ湯でからだを流せ。

 特に脇と尻は湯船につかる前によく洗っておけ。

 長い髪は湯船につけるな」

 シオンの声が男湯にまで響く。


「わかったわよぉ。ずいぶん仕切るわねぇ」

 フェイの声もこだました。


「ふたりともおっぱい凄いですぅ。(つんつん)」

 クレリアのセクシャルハラスメント発言まで男湯に聴こえていた。


「人のおっぱいをつつくな! 捕まれ! とんでもないエロガキだ」

 シオンの怒鳴り声が反響した。


「クレリアちゃん、わたしのおっぱいならいいわよ」とフェイ。

「この柔らかさ……、究極のおっぱいです!」


 女性陣、男性陣とも長湯した。湯あたりするくらいのぼせていた。

 入浴後、合流してぞろぞろと食堂に行くと食事ができていた。

 新鮮な刺身、山の幸の鍋料理、白米ご飯などが並んでいた。


 女性陣は宿の浴衣を装着している。

 シオンは愛用の刀を食事処に持ち込んでいた。


「温泉って、まるで王様が入る風呂じゃないか。

 オレは気に入ったぞ」とアストリア。


「おれも。大陸ではあんなに水が豊富な地域はないもんな」

 アルフレッドも同意する。


「私は開放感が好きになれない」

 フランクは露天に抵抗があったようである。


「クレリアは良かったのか。

 いつだったか女性にも肌を見られたくないといっていたじゃないか」

 シオンが問いかけた。


「心境の変化ですかね。わたしも歳をとったものです」

「14歳なのに……」


「のぼせた~」フェイは上気して天井を眺めている。


「生魚って食べられるのかな?」

「食べられるぞ。箸を使って食べろ」


 男性陣は箸に苦労していた。シオンやフェイはもともと箸を使えたし、クレリアは初見で箸をだいたい使いこなしていた。


「ところで明日はイスタリスの女王に謁見を申し込もうと思う」フランクが箸を休めた。



※第二巻、第三巻では大陸が舞台だったため『刀』をカタカナ表記していましたが、東方では認知させているため『刀』と表記します。

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