第二章 残酷な光景


「ところで明日はイスタリスの女王に謁見を申し込もうと思う」

 フランクが箸を休めた。


「東亰爆心地の手掛かりを探すんだな」


「しっ、声が大きいぞ。

 そのワードは極力出すな」

 

 フランクは小声で話した。東亰爆心地のことは機密事項である。


「まず東亰がどこか調べる必要がある。東方で自由に動けるように女王に謁見するのだ」


「それはいいと思うが、一国の女王がオレたち外国人に気安く会ってくれるのかな」


「それはだいじょうぶだ。わたしがいるからな」

 シオンの言葉に、視線が彼女に集まる。

「イスタリスの現女王、神凪かんなぎマハルとは、まーちゃん、しーくんと呼び合う仲だからな」


「すごいわね!」フェイがお茶をすすった。


「本当か?」アストリアが煮っころがしを箸で掴もうとして苦戦している。


「嘘じゃない!

 わたしがただの一度でも嘘をいったことがあるか⁉」


 少し声が大きかったので煮っころがしが箸の先からテーブルにコロンと転がった。

「信じよう」

 アストリアはすばやく煮っころがしを手でつかんで口に放り込んだ。


「あ、もうお行儀が悪いんだから」クレリアが叱った。

「0・5秒ルールだ」

「なにそれ」


 またひとつコロコロと芋が転がった。

 芋を転がしたのはフランクだった。彼は箸づかいが一番下手だ。

 みんな失笑した。フランクは不満そうである。


「こんな木の棒で食事はできない」


 その言葉が聞こえていたのか、宿の年配の女性が先割れスプーンを持ってきてくれた。

 その女性は気を利かせてアストリアの分も持ってきてくれた。


「東方は美しいし、人々は優しい。

 本当にこの地で世界崩壊のきっかけになる出来事が起こったのだろうか」

 アストリアが疑問を投げかける。


「そのうちわかるよ……」シオンが答えた。


 彼女の瞳はどこか哀しげで、悟っていた。

 アストリアは彼女の少女時代を想像した。

 彼女は知っているのか・・・・・・・。この地で崩壊が起こってもおかしくない理由を。

 いま彼女にそれを尋ねることはできなかった。


「アストリア。

 ひとつの美しい光景を支えるためには100倍の残酷な光景が必要だ」

 フランクがアストリアを諭すように話す。


「残酷な光景?」


「富める者がひとりいれば貧しいものは100人はいる。それがこの世界の真実。

 広くて快適な住まいに住むものがいれば冬に屋外で凍え死ぬ人間もいる。

 裕福な家庭に生まれたものは良い教育を受け生涯収入も高い。学ぶ機会を奪われた人間はどこの国にも大勢いる。

 きみだってそうだろう。

 インフラストラクチャー、食糧。

 それを支えるために搾取をしていないとどんな国だっていい張れるかね。

 誰だってそうだ。

 私も、あるいは君だって、自分の富や幸福を何分の1だって赤の他人のために分け与えてやれるかね。何の報酬もなしに」


 アストリアは無言だった。いまなにかいったら嘘つきになってしまう。


 クレリアがアストリアの視線を遮るようにからだを傾けながら話しかけた。


「なぞなぞで~す。分ければ分けるほど増えるものな~んだ?」


「急になんだよ。う~ん、なんだろう。そんなものあるかなぁ」


「思いやりです。

 笑顔です。挨拶です。

 ほかにもいっぱいあります。

 お金以外のものは分けると増えるものばっかりです。

 財産を譲ることはできなくても人に分け与えられるものはたくさんあると思いませんか?」


 クレリアは上目遣いにアストリアの瞳をのぞき込む。


「わたしの夢、覚えていますか?

 貴方はわたしの夢を手伝う約束ですよ」


 アストリアはいつか星空を見たときにクレリアが語っていた夢を思い出した。


〝わたしの夢は、この世界を思いやりでいっぱいにすることです!〟


 アストリアはふわっと笑顔を見せた。冒険をはじめてから、一番穏やかな表情だった。

 フェイも、アルフレッドも、そしてシオンも同じだった。いつも辛辣な言葉を吐くフランクもクレリアの言葉を否定しなかった。


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