第三章 純度100パーセントの冷酷

 東方の首都イスタリスは外観が美しい街だった。

 オリエンタルな雰囲気に包まれた清潔で情緒がある街で、高台に王宮があるという。


 一行が街を歩いて王宮に向かうとアストリアはあることに気づいた。

 街の人々の視線である。


 外国人であることがはっきりとわかる色黒なアストリアの顔をジロジロと見る人間が複数人いる。それは異端を排除しようとでもするような不快な目つきだった。


 東方の文化・生活レベルは大破壊後、封建時代まで後退していた。

 王宮に着いて、城門の前にいる役人に女王への謁見を申し込むと、騎士が複数人で彼らを囲んだ。


 シオン以外みんな危機感を覚えた。身に覚えがない罪で連行されるのではないかと。

 隊長格らしい男がシオンにひざまずいた。


「ソードマスター・ルクシオン=イグゼクス様。

 東方へのご帰還心よりお待ちしておりました!

 神凪かんなぎ女王がお会いになられます。

 さ、こちらへ。お仲間の方々もどうぞ。

 武器に該当するものは一時預けていただけると幸いです。大切に保管して、お返しすることを保証します」


 歩きながら会話はつづいた。王城は木造建築で自然照明を取り入れている。床も板張り、室内は畳敷きの和室である。

 調度品なども気品に溢れている。


「騎士様、あなたの名前はなんと仰いますか?」クレリアが問いかけると、先にシオンが答えた。


「この国の騎士はサムライという」

「そうなんですね」


「私は山神やまがみ太郎丸たろうまると申します」男が答えた。

「見ない顔だな」シオンが太郎丸に問いかける。


「はっ、ルクシオン様が旅立たれてのち入団したものでございます」

「わたしも歳をとるわけだ」

 シオンはつくづくという語感でつぶやいた。


「ご冗談を。お仲間は、大陸で巡り会った方々ですか」

「そんなところだ。気のいいやつらだ。みんな曲者ぞろいだがな」


 太郎丸は豪快に笑った。冗談だと思ったのだろう。


「こちらが、女王様がおられます玉座でございます。

 ただいまの裁判が終わり次第お会いになられます」


「裁判?」


「はい。ぜひ傍聴してほしいとマハル様はいっておられました」


「そんなバカな。裁判って時間かかるんだろう」アストリアは疑問を口に出す。


「いえ、最終尋問と判決のみでございます。わが国では検事も弁護も廃止されております。すべては賢王マハルの御心のままに」


「この国では女王自らが裁判をされるので?」フランクが尋ねた。


「その通りでございます。政治も、司法も女王とその側近で構成されています」


 権力が集中するのは国が滅ぶ原因である。

 ただし、カリスマを備えた超天才の独裁政権は極めて理想的ともいわれる。

 神凪かんなぎマハルはどちらか。


「ではお静かにお入りください」


 そっとサムライがふすまを開くと、ひとりの老人が大きな声で無実を訴えているのが見て取れた。被告であろう。玉座の前に跪いて命乞いをしている。

 少数の側近が傍聴している。


「見解の相違でこうなったのでございます。何卒慈悲を」


「おまえの息子が自ら死を選んだのは、おまえの脅迫や強要によるものだ。

 おまえは無理やり息子に1日18時間勉学を強要した。

 彼の日記には相当な恨みがつづられていたぞ。まだいい訳をするのか」


 女王の声は甲高いが耳に心地よい高音である。


「息子に第六天魔王學園だいろくてんまおうがくいんで政治の勉強をさせ、マハル様のお役に立てたかったのでございます。

 忠誠あればこその行為で、脅迫や強要などといわれては心外」


 大六天魔王學園は東方の勉学機関ではもっとも政治家を輩出している有名學院だった。一般市民でも出世の道が開かれるため、教育熱心な親はこぞって子息を勉強させ入学試験に合格させようとした。

 その倍率は1000倍とも2000倍ともいわれている。この老人は息子に受験勉強を強要し自殺に追い込んだのだ。

 

「われのせいだというのか!」

 その声は大きく、決して二言を許さない威厳があった。

「おまえのしたことは教育虐待に値する」


 老人は苦し気になにかをいおうとしたが口がパクパクとしただけで言葉にはならなかった。


「裏切りがおまえの忠義なら、残酷な死をもって報いよう。

 ひとりの若者の未来を奪った罪はこの星よりも重いぞ。連れていけ」


「この女! なにが賢王だ! 正しい裁判もできない子どもが笑わせるな!」


 老人は薄汚い言葉でマハルを侮辱しようとしたが無駄だった。すぐに取押さえられ連行された。


 マハルの瞳は遠くの傍聴席からもはっきりとわかるほど、反逆を許さない絶対零度の瞳だった。


 余命いくばくもない哀れな老人に死の運命を与えたというのに彼女の瞳には逡巡など1パーセントも含まれていない。純度100パーセントの冷酷さである。


 玉座で裁判を行ったマハルはシオンに気づき手をあげた。


 彼女が傍の女性に耳打ちするとシオンのもとに使いが現れた。


「別室で謁見を行います。わたくしが案内いたします。こちらへ」


 シオンは進み出たが、残りのメンバーが同行して良いか逡巡すると、その女性は柔らかい表情で微笑みを返した。


「ご友人の方々もどうかご一緒なさってください。王は寛大なお方です」


 彼女の声色も、眼差しも温かみを感じる不思議な女性だった。


 別室の応接間に値する部屋に通されると、あとから神凪かんなぎマハルが入ってきた。



※キャラクターの一人称は

アストリア→「オレ」アルフレッド→「おれ」となっております。

クレリアの一人称は「わたし」で、フランクの一人称は「私」です。

その他のキャラクターも同様の処理をしています。

説明文を減らすための処理です。ご承知いただけると幸いです。


※最終巻は月~金更新いたします。よろしくお願いいたします。




   つづく

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