第四章 イスタリスの女王

 女王マハルはとても露出の高いドレスを着ていた。一部の素材がシースルーでスリットの入ったドレススカートからは生足が一部見えている。下着はつけているが胸元はひろく胸の谷間が見えている。


 カラスの濡れ羽色の艶やかな長髪を垂れ流し、瞳も黒曜石を思わせる漆黒。

 身に付けている宝石が少ないのは彼女の国民への配慮である。

 女王に相応しい威厳を持った美しい女性だった。

 

 いまは2月だが、王宮内は暖房が効いている。魔法によって室温が維持されているのだ。


 謁見室に入ってきたマハルはアストリアの正面で止まった。


 アストリアが座りかけていたソファーから慌てて立ち上がり跪こうとしたが、目の前のテーブルに脛が当たり声が出た。


「いて」

「ぷっ」


 吹き出した笑い声は誰なのか一目瞭然だった。

 女王マハルは口元を抑えてけいれんするように笑いをこらえている。

 アストリアは続けた。


「ファンタイル大陸西部、ディルムストローグ帝国から来ましたアストリア・ウォルシュと申します。

 本日はよろしくお願いします」


「就職面接か!」

 その言葉もマハルだった。


 一同沈黙した。

 笑っていいのか、笑ってはいけないのか。誰も判断がつかない。


「緊張してますか。

 今日はここまでどれくらいかかりましたか」

 マハルは面接官を装った口調でアストリアに質問した。


「旅をはじめてから半年近く経ちました」アストリアはまじめに答えた。


「通勤できねぇよ!」マハルは突っ込みを入れた。


 また凍りついた沈黙が場を支配する。

 アストリアたちを案内した女性が咳払いする。

 誰も二の句を継がないので、彼女はしつこく咳払いした。


紗良さら、おぬし風邪気味か?」

 マハルが呼びかけると、紗良と呼ばれた女性は平然とした表情で王である彼女を睨んだ。


「マハル様、お戯れが過ぎるのではないでしょうか」


「長い人生を生きるにはユーモアというスパイスが必要じゃ。そうであろう」


 いままで黙っていたシオンが豪快に笑った。

「お変わりありませんね。女王マハル様」


「昔みたいにまーちゃんて呼んでほしいな。しーくん、変わらないね。若ぁい! しーくん、あの話考えてくれた?」


「あの話?」シオンはオウム返しに訊きかえす。

「わたしの後宮に入る話」


「その話は断ったはずでは……」

「愛でてやるぞ」

 神凪かんなぎマハルは冗談とも本気とも知れぬ顔で微笑んだ。 マハルは先ほどの裁判とはまるで印象が違う。女王としての貌とプライベートで見せる貌は正反対だった。


「こんな女王様いるか?」

 アストリアが振り向いてフランクやアルフレッドに同意を求めると、彼らは知らんぷりした。眼を細めてアストリアの女王への不穏な発言を警告している。


 マハルはアストリアの顔をじっと観察した。彼の顎に触れうなずく。

「ふむ。造形はシンプルだが魅力のある顔だ。後宮に入って良し!」


「いやいやいや」アストリアは困惑した。


 マハルはクレリアの顔をじっと見た。

「きゃー! かわいい! いくつ? お名前は?」


「クレリアです。14歳ですけど」クレリアはたじろぎながら答えた。


「後宮行き決定!」マハルはとび上がるほど喜んでいる。


「勝手に決めないでください」クレリアも困った顔をした。


「後宮奨学金だすから考えてみて! 悪くない話だと思うよ」


「後宮奨学金てなんだよ!」クレリアは女王相手にため口をきいてしまった。


 マハルは隣に控えているフェイやアルフレッドを見て、手を叩いた。


「もうたまらん! みんな美形!」


「いい加減にしなさい!」紗良がマハルの頭を叩いた。


 一同目が丸くなる。一国の女王の頭をはたいたのだ。


「よい」マハルは紗良を許した。マハルは後頭部を撫でた。「よくわれを諫めてくれた。感謝するぞ」


 紗良は深々と頭を下げた。

「そのお言葉身に余る光栄です」


紗良さらの諫言を聞けなくなればわれも終わりじゃ。久々に美形を見て興奮してしまった。王宮に美男美女を囲う後宮をつくるというのは一流のジョークだ。皆あいさつしてたもれ」


 戸惑いながら一同の自己紹介が終わった。


「われはイスタリスの女王神凪かんなぎマハル」


「申し遅れました。

 わたくしは紗良さら・ファーレイと申します。神凪かんなぎ女王様の側近です」

 紗良が一礼してあいさつした。


「紗良・ファーレイ。

 まさかあなた様は東方のアークメイジ紗良・ファーレイ様であられますか」

 フランクが眼鏡をただして尋ねる。


「いかにも。わたしはアークメイジの称号をもっています」


 法のアークメイジ紗良さら・ファーレイ。別名東方の守護者。


 大陸ではエル・ファレル魔導学院でしか魔法は学べないが東方には真魔導學園が存在する。


 そこで学べる魔法は大陸とは一味違っていた。四大元素魔法のほか、五行思想による魔法や陰陽道による秘術も学ぶことができる。それは魔法というより術と呼称したほうが良い。


 とくに、紗良さら・ファーレイは14歳で高度な式神を使いこなし新時代の到来といわれた天才児である。17歳のとき法のアークメイジに選定されたときは、東方のみならず、大陸中の魔術師の話題にもなった。


 アストリアは紗良の顔を見つめてしまった。女王に勝るとも劣らない端正な顔をしている。亜麻色の髪をポニーテールにし、上品な礼服をつけた気品あふれる女性である。


「彼女の母親は大陸の出身でな。彼女の顔が珍しいか」マハルがいった。


「いえ、そんなことは……」アストリアはたじろいで視線を外す。

 感じが良い人だと思って瞳を直視してしまったのだ。それはなんとなく紗良にも伝わっていた。


 紗良さらはくすりと笑った。馬鹿正直なアストリアが好ましく思えたのだ。


「さて、しーちゃん。いや、ソードマスター・ルクシオン。享祗朧きょうしろうとやらは見つかったのか」


 シオンはソードマスターの里から天魔刀を盗み出した琴流享祗朧ことながれきょうしろうを探している。


 天魔刀は天、纏まとう。天帝のつるぎ。すなわち地上の森羅万象あらゆるものを支配するだけの力を秘めている。因果律さえ操り、持つものを覇王へと導く刀。


 シオンは東方から大陸に渡り、天魔刀と享祗朧きょうしろうを探す旅をする途中でアストリアたちと出会ったのだ。


「いえ、大陸には琴流享祗朧ことながれきょうしろうの気配は感じませんでした。

 ですが……、シャフトとかいう黒塗りの剣を持った男と出会いました。

 また、ヴァルケインという暗殺集団は黒塗りの武器を使っていて、それらはわたしが探している天魔刀となにか関係がありそうなのです」


 シオンはフランクに目配せする。フランクがつづけた。


「われわれは東亰爆心地を探しています。お心当たりはございませんか」


 マハルと紗良さらの顔が引きつった。

「外国の方がそれを知ってどうなさるおつもりで?」

 紗良は真剣な顔をしている。


「答えてもらうぞ」マハルの顔は女王の威厳を取り戻していた。「衛兵を部屋の外で待機させよ。回答次第ではおぬしたちを拘束せねばならぬ」


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