第五章 魔王カイザード


 フランクはイスタリスの女王神凪かんなぎマハルに旅の目的を話した。


 東方の地でイスタリスの女王を味方にすることができればこの土地での強力なアドバンテージになる。東方出身のシオンがパーティに在籍していることも交渉に有利と踏んで、フランクは真実を伝えた。


 一国の王に癒しの魔法を復活させる旅の目的を知られることは、危険な賭けだった。


 旅の真の目的は癒しの女神に新しい肉体を与え甦らせること。そして治癒魔法を復活させること。


 そのために3つの神具アトリビュートを集める必要がある。


 冥府の門を開くちからを秘めている『神殺しの剣』で門を開き、


 次に宇宙の真理をすべて見抜くと云われる『火星薔薇の王冠』で癒しの女神の魂の座標を特定して、


 最後に癒しの女神がつけていたと云われる『真銀のアミュレット』で魂を召喚する。


 そのための儀式として聖地イスタリスに入り巫女であるクレリアが祈りと舞を捧げるのだ。それにより癒しの女神は復活する。


 いままでの旅で真銀のアミュレット、火星薔薇の王冠は手に入れた。


 残るは東亰爆心地に突き刺さっているはずの神殺しの剣ヴォーリアのみ。


 治癒魔法復活に反対されれば国家を敵に回すことになる。


 強大な魔力をもった魔術師であるフランクでさえも国家を敵に回し生き残ることは難しく、ましてそのうえで旅の目的をなし解けることは困難である。


「東亰爆心地……! よもやこの言葉が外国の方の口から出るとは」


 紗良さらは冷や汗をかきはじめた。


「東亰爆心地はこの国の国家機密であり、うかつに口にすることさえ憚られる。

 旧世界が崩壊する原因となった場所だからな。

 現在の東方の民はそのことを知らぬ。それどころか、旧世界の存在すら知らぬものがほとんどだ。

 和名を名乗るものも少なくなってしまった」


 女王神凪かんなぎマハルはそれまでの陽気さが嘘のように深刻な表情である。


「あなたたち、東亰爆心地のことをどこで知ったのですか。答えなさい」

 紗良さらが詰問する。二言を許さぬ視線だった。


 フランクが眼鏡に触れ話しはじめた。


「私は西方の国家グランベル首都に存在するエル・ファレル魔導学院の出身です」


「エル・ファレル……、紗良は知っておるか」


「大陸で最大の魔導学院です。

 エル・ファレル出身の魔術師を宮廷魔術師として多くの国が抱えているそうです。

 それだけではなく学院を卒業できなかった崩れ魔術師が傭兵として戦争に参加したり山賊に雇われたりして悪事を行うことも問題になっています」


「これは手厳しい」フランクは懐から小さなペンダントを取り出した。「これはエル・ファレル卒業者のみが持ち得る琥珀のペンダントです」


 フランクから差し出されたものを紗良は受け取り、部屋に人を呼んだ。

「調べますよ」


「もちろんです。そのつもりで差し出したのです」


「私はエル・ファレルの図書館の最下層に保管されているプレートのデータを読みました。

 そのプレートは石英ガラスで造られていてそこに刻まれたキズには法則性があることを突き止めたのです。そのデータには崩壊以前の世界の様子が記録されていました。

 プレートの内容をお話ししてもよろしいですか」


 石英ガラスに情報を記録すると数億年保存できるといわれている。大破壊を免れる記録媒体として前時代の科学者は石英ガラスを選んだのである。


 プレートは世界各地に残され、新世界の人々に気づかれることもなかった。

 一部の魔術師はそのプレートの情報を解析し隠匿した。フランクはその情報を暴いたのだ。


『世界崩壊の原因は東亰で起きた。魔界が召喚されたのだ。

 魔界が召喚されたとき、その中心では3000度から4000度の熱が発生し東京は焦土と化した。一瞬にしておよそ1000万人が犠牲になり、中心部にできたクレーターから彼らが現れた。


 その国にも軍隊に値する組織は存在したがなすすべもなく降伏した。


 当時の大国は東亰爆心地の中心部めがけてニュークリア・ウェポンを発射したが東亰上空で無力化された。


 魔族はあっという間に全世界に飛び立ち、世界中が戦渦に巻き込まれた。

 彼らの恐ろしいところは通信に使う電磁波を無効にしたところだ。

 人類が頼り切っていた電子機器は無線ネットワークを絶たれ混乱と恐怖が渦巻いた。


 ニュークリア・ウェポン所有国は効果がないとわかっていてもそれを乱用した。


 その兵器は魔族には無効だった。爆発したミサイルは一般市民を巻き込み、放射能による二次被害によりこの星は人の住める環境ではなくなった。


 彼らの恐ろしいところはニュークリア・ウェポンが無効であるにも関わらずそれを誘爆させたところだ。


 核保有国の被害は正確ではないが、おそらく生存者はほとんどいないだろう。


 生き残った者も放射能によって生き延びることは絶望的だ。


 彼らはそれだけのちからと知能を持っているのだ。


 彼らを魔族と名付ける。


 人類の人口はどれだけ減ったか予測もつかない。


 文明レベルも大幅に後退するだろう。


 魔族の王カイザードは忘却の魔法をこの星に使った。

 それを記憶消去の霜デリートメモリー・フロストと名付けた。


 それによって知的生命体の記憶はほとんど失われ真実を知るものはごく一部の人間のみになるだろう。


 それにより人類の英知はそのほとんどが失われてしまう。


 われわれは最後のサイエンティストとしてこのプレートを作成することにした。


 このプレートに真実を印す。


 このプレートを解読する科学技術を人類が身に付けることを祈る。

 われわれがいる地下にも忘却の魔法は浸透するだろう。


 さらにカイザードはこの星を造り替えるために大陸を移動させようとしている。


 もうこの世界は終わりだ。


 のちの世の人類が魔王を倒すことを祈る』




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