第六章 魔術師の弁舌

 話を聞き終わった神凪かんなぎマハルと紗良さらは神妙な顔をした。


 それどころかアストリアたちも唖然としている。フランクが話した話は一部聞いたことがないものだったからだ。


「魔法カイザードはこの星を造り替えようとしました。

 その途中で魔力が切れてしまったのです。魔界と違ってこの世界の魔素は有限だったのです。大陸は一部移動しましたがおそらくカイザードの思惑とは違っていた。

 記憶消去の霜デリートメモリーフロストも魔力が完全だったらわれわれは原始レベルまで知性を失っていたかもしれませんがそうはならなかった」

 フランクはまるで教授プロフェッサーのごとく説明会する。


「魔王カイザード……。そいつはいまなにをしておるのじゃ」

 神凪かんなぎマハルの柳眉に皺が入る。


「魔力を使い果たし眠っていると推定されます」


「目覚めるのはいつじゃ。どこに眠っている」


「エル・ファレルの論文によると最低100万年後です。この星の薄い魔素ではそれくらいかかります。

 眠っている場所はおそらく南極大陸、いや南半球全体」


「眠っているうちに倒せないの」フェイがフランクに訊いた。


「無理だ。魔王は神に近しいちからを持ってる。人間の武器は通用しない。

 そもそも南極までわれわれは到達できない。

 私の推測では魔王は必ずしも人類の敵ではない」


 ここからフランクは視線を女王に戻した。


「寝た子を起こすなといいます。いまはなにもしないことが得策です。

 魔王が眠りについたあと、われわれ人類の中に魔法を使える者が誕生しました。

 そのあと魔法世界がはじまったことはご存じかと思います。

 そして100年前忽然と治癒魔法が消失した。癒しの女神が殺害されたのです。

 その伝説は一部の地域に残っています。

 それを復活させるカギが東亰爆心地にあるのです」


「おぬしのいうたことは信ぴょう性があるな。

 この国の古文書と一致する部分がある」

 マハルは椅子に腰かけ脚を組んだ。


「マハル様、うかつに信じるのはあまりに危険です。語りの可能性もあります。衛兵を! 取り調べの必要があります」


 紗良さらが声をあげようとすると、マハルは右手をあげ制した。


「まあ、待て。われとしてもすぐに信じるつもりはない。協力するつもりもな。

 さておまえたち。癒しの魔法を復活させるのが旅の目的と云うたが、そんなことをしてなんになる」


 「と、いいますと」フランクが中指で眼鏡に触れた。


「癒しの魔法を復活させるなど、おまえたちの一存で決めていいことだと思うか。

 突然治癒魔法が使えるようになったら、世界は大混乱に陥ることが予測できないのか。

 治癒魔法の使い手を貴族が拘束し自分だけに使わせたり、逆に治癒魔法を使える人間が法外な治療費を請求する……。犯罪の温床になることに気づかないほど阿呆なのか」


 マハルはフランクに軽蔑の視線を送る。


 フランクは一国の王にひるむことなく弁舌した。


「治癒魔法が復活すれば一時的に混乱が起こるでしょう。

 ですが、それは世界に必要な痛みと考えます。

 いつの時代も革新的な技術はブレイクスルーの原因となり、パラダイムシフトを引き起こします。痛みより恩恵の方が多いなら、人類にとって必要な痛みです」


 マハルはけだるそうに椅子にのけ反った。


「詭弁だな。紗良さら、わたしが合図したら衛兵を呼べ。

 ルクシオン、こちらへ。そちはこの者たちに騙されておるのじゃ。

 魔術師。われの友人を洗脳した罪は重いぞ。

 仲間も悪人には見えぬが利用されておるのであろう」


「協力して下さるのであれば、私、フランク・マクマナスはこの国に仕えます」

 フランクの視線は一国の王を値踏みするかのような尊大さを秘めていた。


「ほう」


「それは一生涯という意味ですか」紗良さらが問いかける。


「その通りでございます」フランクは深々と頭を下げる。


 流れが変わった。その答えはマハルを小気味良くした。


 アークメイジである紗良さらは戒律で魔法の私的利用に制限がある。


 政治的・軍事的に腕の良い魔術師がひとりでも欲しいのが東方の実情である。


「ほかの仲間たちも同じ気持ちと取ってよいのか」


「いえ、それは各自の意思に寄ります」フランクがきっぱりと答える。


「まあよかろう。

 この国にもプレートは存在する。

 それを研究している者たちもおる。おぬしのいうたことはそのものたちのレポートと大部分一致している。何者が遺したかも完全には解き明かせなかったものだが。

 さて、それとは別に地下図書館に保存されていて一部の人間にしか公開されていないものがある。

 それは日記だ」


「日記?」


「前時代崩壊の原因が記されていたのだ」


「その原因とは?」


「まあ待て」


「前時代の紙が現存するとは驚きです。信じられません」フランクは興奮している。


「和紙の寿命は長いのです。保存状態にもよりますが千年は保つといわれています」  

 紗良が説明した。


「千年……。それで東方には前時代の知識が残っていたのか」


「前時代にはレコード、カセットテープ、フロッピーディスク、ディスクメディア、ハードディスク、SDメモリーカードなど……様々な記録メディアが存在していました。

 ですが大破壊後それを読み込める機械も破壊しつくされてしまいました。

 そもそもそれらの記録メディアは数百年保つようには作られていなかったのです。

 いわゆる紙も燃えつくしたと思われていました。

 ですが戦火を逃れ燃え残った新聞、ノート、メモ帳などから前時代の存在はかなりはやくから確認されていました」


 紗良が話したことアストリアたち、他のメンバーにとっても衝撃的だった。

 自分たちが長い旅をして明らかになったことを女王と紗良は最初から知っていたのだ。


「ではなぜそのことを世界に知らしめなかったのですか」

 フランクが問うとマハルは寂しげに笑った。


「前時代崩壊の原因がこの国にあり、前時代の人々は夢物語のような生活をしていたなどと、誰が信じる。信じれば信じたでつらいだけであろう。

 清貧に耐えられるはいまより恵まれた生活を知らないからじゃ」


「確かに。

 そろそろ世界崩壊の原因とはなにか教えていただけますか」

 フランクがここまで自分を抑えられないところを見るのははじめてである。


「知りたい理由は好奇心か?」


「真実の探求者としての使命感です」


「皆もか。知ればもとには戻れぬ真実がこの世界には存在する。

 うかつに口外すれば犯罪者として扱うからそのつもりでおれよ。

 最低1年間はこの国に在籍してもらうがよいか」


「オレは、いえ私は知りたいです。ここまで来たんだ。なにが真実でも後悔はしない。

 私はすでにこの世界の裏側を知ってしまったのだから。1年くらいこの国で暮らしてもいい」とアストリア。


「わたしも! 前世界崩壊の原因はわたしが旅をはじめた理由と無関係じゃないと思うんです」クレリアがアストリアの横に並んだ。


「おれは……、おれはいい。知りたくない。知らないと旅がつづけられないというのなら降りる。いまのおれにはシェリーという家族がいるんだ」

 盗賊のアルフレッドが彼らしくない情けない声を出す。


「お嬢さん! ごめんな」アルフレッドが困った顔をするとクレリアは「わたしは空気読めとか全然思ってないですよ。アルフレッドさん。

 わたしたちの旅の生き証人として故郷に帰ってください。わたしはシェリーさんにお会いしたことはないけどよろしくお願いします」


「全部思ったこといってるよな! お嬢さんには勝てないよ」


 みんなの視線はシオンとフェイに移った。


 東方出身のソードマスター・シオンの瞳は決意を込めている。


「わたしは知りたい。

 わたしはこの東方で生まれ育った。

 この国の真実を知る必要がある」


 小説家のフェイはふるふると頭を振った。

「わたしは……、わたしは即答できない。これ以上背負いたくない」


「小説の参考になるんじゃありませんか」

「クレリアちゃん、小説やお芝居のシナリオは想像力で書くのよ。

 神凪かんなぎ様、それを知ってしまったら行動を制限されるのですか」


「うむ、そうだな」


「無理です。わたしはやりたいことがたくさんあるのに、1年は長すぎる。

 ごめんなさい。無理です」


「もとより無理強いはせぬよ。

 真実を知る意思があるものは契約書にサインを。

 国家文書として保管する。

 別室へ移動しよう」

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