第二十章 ラストダンジョン2

アンアリスはクズですよ。成績は悪し、部活はサボりがちだし。やる気がない』


『わが校の面汚しですな』


『転校か自主退学してくれませんかねえ』


『まったくですな』


 シャドウたちは襲ってこない。


 ずっと杏アリスの悪口をいっている。


 そして一通りいい終わるとまた最初からループ再生で悪口をいいつづける。


 それが千年以上永遠に続いているのだ。


 シオンが彼らを倒すために刀に手をかけた。


 またアストリアに囁き声が聞こえた。



〝やりすごしてください〟



「待てシオン。なにもしないでやり過ごそう」彼はシオンに声掛けした。


 彼女がそれに従うと、3回ループしたところで入ってきた扉がかってに開いた。


 もうこの場所で追体験すべきことはないというサインである。


 流れに従って職員室からでるといつのまにか理科室のまえの廊下が修復されて通れるようになっている。


 理科室を通り過ぎると今度は調理室があり、先ほどと同じように廊下が崩落している。


 調理室を通過するしか道はない。


 扉にトラップはなかった。


 調理室の中には大きめのテーブルが等しく並んでいる。テーブルごとに水道や小さめのガスコンロが設置されていた。


「見ろ。あのテーブル……。調理したばかりの焼きそばがあるぞ。いったい誰がつくったんだ」


 めったなことで動じないアルフレッドもおびえている。


「まえの黒い板を見てください! なにか書いてあります。

『食べなければこの部屋から出られない』」クレリアが指さす。


「この部屋からでる条件はその焼きそばを完食することのようだ」


 フランクはテーブルの上の皿を凝視した。


 毒が盛られていたら確実に死亡する……。



〝毒は入っていません〟



「オレが食おう」アストリアは宣言した。


「大丈夫ですか?」クレリアは見るからに心配している。


「ああ。多分」


 皆が見守るなか、アストリアは割り箸をわって慣れない手つきで食べはじめる。


「けっこううまいぞ。………! なんだこれ⁉」


 彼が吐き出した焦げた白い塊は、消しゴムだった。


 アンアリスはかつてクラスメートに消しゴム入りの焼きそばを無理やり食べさせられたのだ。



 扉が開いた。



 外に出るといつのまにか景色は1階に変化していた。


 渡り廊下が見える。


 ドームに続いている。それは『体育館』。


 一同が渡り廊下を歩くと数分間経っても体育館に辿り着かないのだった。


 なんども振りかえる。


「おかしい……! 永遠に辿り着かないんじゃないか。ひきかえすか」アルフレッドが皆に確認をとる。



〝後ろを振りかえってはいけません〟



「いや。一度も振りかえらず進もう」


 またアストリアにガイダンスがあった。


 その声は天界からのサインだった。


 5分ほど後ろを振りかえらず進むとみるみる体育館の鉄扉が近づいて、正面まで来た。


 男性ふたりが協力して扉を開くと照明がいっせいに点いた。


 奥のもうひとつの出口を目指して中央まで進むと突然空中にバスケットボールが出現して、やたらめったに彼らめがけて飛んできた。ものすごい数だった。


「痛いっ!」


 クレリアが悲鳴をあげる。アストリアは彼女を庇ったが四方八方から飛んでくるバスケットボールを完全に避けられるわけもない。


 刃物ではないので外傷の危険はないが、しこたまボールをぶつけられて全員満身創痍である。


「痛ってぇ、いまのなんだったんだ」


「これもいじめだろう。アンアリスは学校でボールをぶつけられ袋叩きにあったんだ」


 シオンがひりひりする肌をさすった。


「見ろっ! なにかいる!」


 アルフレッドが指さす先にうずくまる黒い影があった。


 そのシルエットもボールの被害にあったようだ。


 〝彼女〟の啼き声が聞こえる。


「まさか……、アリス? 杏アリスじゃないのか」


 名前を呼ばれた影は立ち上がり声の主であるアストリアを振りかえる。


 黒い影の顔には瞳は存在しない。


 それなのに彼女が泣いていることがはっきりとわかった。



「もうやめろ! 哀しいことをリフレインするのは!」アストリアは叫んだ。



 彼自身が哀しい思い出を数万回、数億回と繰りかえしてきたから。


 誰よりも彼女の抱えている哀しみ、慟哭が理解できたから。


 一瞬だけ、シャドウが溶け、素顔が明らかになる。だがそれはすぐに閉じてしまった。


 彼女は走り出した!


「追いかけよう!」


「待って! 傭兵さん、泣いてるの?」クレリアはアストリアに涙を認めた。


「ああ、ちょっとな。哀しいことを思い出して」


 少年時代、騎士学校にも家にも居場所がなかったこと。最愛の女性ひとを最悪のかたちで失ったこと。




 千億の絶望

 永遠の夜 真の闇

 それを知る人間がこの世界に何人いる?

 オレは知っている


 割れた鏡

 潰れた虫

 首のもぎ取れた人形

 闇の中の一点……そして死体

 オレは見つめてきた


 見つめてはならないものを

 誰よりも




 美しいものが誰よりも好きなのに、目の前に醜悪な現実しかなかった苦痛だけの日々。


 あまりの哀しみに呼吸が乱れ目元をぬぐった。


 彼は繊細な感性をもつ、戦士とは程遠い人間なのだ。


 クレリアが背中をさすった。




 君は泣き虫だね。

 千年前に亡くなった少女のことを想って泣いている。

 男の子が泣き虫でもいいじゃない。

 ひとのために泣ける貴方だから

 わたしは心惹かれたの。




 呼吸が静まるのを待って彼らは体育館をでた。


 日差しが降りそそぐ。

 それも夏の強い日差しである。


 プールがある。


 プール敷地内でシャドウたちが水泳の準備をしている。


 小さな階段を登ってプールの水を間近に見た。


「スゴイ……! これだけの水が集まっているなんて、海を除けば世界中でここだけだ」


 シャドウたちが準備体操しはじめた。


 固唾をのんでそれを見守る。


 体操が終わり一同が規則正しく列に並ぶ。


 するとどこからか嗤い声が聞こえる。



『見ろよ。あの体形』


 クスクス……

 クスクス……


 ひとりの影がうずくまる。


 アンアリスだ。


「ひどい。体形のことを笑うなんて」


 クレリアは怒りすら覚えた。

 杏アリスはたまらずに立ち上がって駆け抜ける。アストリアたちの隙間を通って階段を駆け下りた! 一瞬の出来事だった。


「あとを追うんだ!」フランクの掛け声でみんな走った。


 フランクがふと銀時計を見ると時計の針を見て驚愕する。


「おかしいぞ。このダンジョンに入ってからすでに12時間経過している。脱出の時間を考えると絶望的だ」彼は冷や汗をぬぐった。


 もう戻るにしても同じ時間かかるのなら結界は閉じられてしまうのだ。このナイトメアワールドに永遠に閉じ込められてしまう。


「あと3時間ある。諦めるな!」アストリアは力強く励ました。


「ああ……! この呪いを解こう!」


 走る杏アリスのあとを追って渡り廊下を通り過ぎるとそこには学校とは違う世界が広がっていた。


 石畳で構成された四角の間。


 紛れもないダンジョンである。


 杏アリスはどんどん奥へ進んでいく。


 そこに黒ずくめの〝なにか〟が立っている。


 あまりの威圧感に立ち止まらざるを得ない。


 杏アリスはなにか・・・の隣りを走り抜けてしまった。


 シャドウではない。


 明らかに実態が存在する。全身黒ずくめの鎧騎士。


 顔面に装着している闇より深き仮面マスク・オブ・ダークネス。背は高く2レーテ(およそ2メートル)に届きそう。


 仮面に水平に走る溝が彫られている。


 赤く光るレンズのような部品が溝に沿って左右に動く動作音は魔法世界のおいてあまりに機械的。


 マスクから漏れる不快な呼吸音。


 レンズの眼光は薄暗く紅光を発している。


 アストリア、シオンには見覚えがあった。


 エルファリア剣闘大会で対戦相手を殺害し失踪した元神聖エルファリア四天王フォーキングスナイツ


「シャフト……! なぜ貴様がここに……!」


 アストリアは叫んだ。



 つづく

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