第三十章 his shadow 後編

「はい、ここです。ここが盗賊のアジトの入り口」

 ディザがカンテラで照らした先に鉄扉がある。

「えーと、合言葉はなんだったかな。

 アストリア、どうかしたの?

 様子がヘンだよ」


「いや、なんでもない」

 アストリアはディザの下着を偶然見てしまったと思い込んでいたが、ディザがつけていた下着はいわゆる見せパンで、彼女の基準では見られて困るものではなかった。


 ディザは扉を4回ノックした。

 しばらく間をおいてからもう2回。

 そしてあと7回。


 返事はないが扉の向こうで人の気配がした。

 そのまま「この道にはネコがいる」という。


 固唾を飲んで見守ると扉ののぞき窓が開いた。

「ディザ! よく無事で、さぁ入って」

 扉が開くと若い女がディザを抱きしめた。


「今回の仕事はヤバいって聞いたよ。どこに忍び込んだの?」

「いえないんだ、守秘義務ってやつ?

 でもいままでの仕事で一番スリリングだったよ」


 アストリアは黙って聞いていたが王宮の宝物庫から国宝を盗んだら一生牢屋から出られなくてもおかしくはない。

 ビルギッドが寛大な男であっても許しはしないだろう。


 そして自分もこの件に一枚噛んでいるのだ。

 逃げなければいけない理由がやっと理解できた。


「井戸のトンネルとかこのアジトは自分たちで作ったのか?」

「トンネルは掘った。アジトは天然の地下空洞を掘り進めたものなの」


「オレたちの仲間は?

 クレリアは?」


「フランクという魔術師と黒髪の女の子なら別ルートで国境に向かってる。

 安心して。

 すぐに会えるから」


 ディザが情報を共有した。

「ちょっと休憩したいな」とアルフレッド。


「そんな暇ないよ。

 どんなもの盗んだか知らないけど一刻も早くこの国を抜けて合流するようにってフランクって人からの言伝ことづてだ」

 アジトの女が話す。


「じゃああたしはここに残るわ。

 アルフレッドぉ、よりをもどさない?

 仲の良かった兄貴も死んじゃったし寂しいの。

 あんたとなら楽しく仕事やれそう」


 かつてアルフレッドとディザはこの国でタッグを組んで仕事をしていた。

 その関係は恋仲と形容して差し支えなかったが、彼が故郷にもどるとき自然消滅したのである。


 アストリアは固唾を飲んでディザとアルフレッドを見守った。

 アルフレッドの答えは彼の予想よりはるかに誠実だった。


「ディザ。おれはおれに本当の愛を教えてくれた女性を裏切れないんだ」

「ふーん、その人の名前は?」


「シェリー。でも彼女に出会うまえだったら、ディザの誘いにのったよ」

 ディザはにやけた。「いい答えじゃん。妬けるね」


 アストリアは平然と会話に割り込んだ。

「実はおまえの女性関係はすべてシェリーに報告することになってる」

「嘘だろ⁉」


「旅に出るまえ、シェリーがこっそりとオレに依頼したんだ」

 アルフレッドはシェリーに負けたと思った。

 彼にはアストリアを導くようにいい、アストリアには自分を監視するように頼んでいたとは。


「新しい街に着くたびに手紙を送ってたんだ」

 アルフレッドは眩暈を覚えた。

「おまえが新しい街に着くたびにどこかへ行っていたのはそのためだったのか」


「うん、そう」(注 実際はそのとき成人男性向けの本も探しに行く)

「実は、おれもシェリーからおまえに手紙を預かっているんだ。

 これだ、あとで読んでくれ」


 アストリアはアルフレッドから手紙を受け取とった。

「なんで、いま?」


「んん~、シェリーはおまえが明るい表情を見せるようになったら渡していいって。もっとはやくても良かったんだけど、渡す機会がなくってな。

 なぁ、アストリア。クレリアお嬢さんに逢えて、よかったな」


「ああ」アストリアは照れたように笑った。

「漫才のコンビが見つかって」

「はい?」


「引退後は夫婦漫才で食っていけよ」アルフレッドなりの冗談だった。


「お笑いの道は厳しぞ。

 オレたちが考えるより。

 お笑いに比べたら、傭兵のほうが楽な仕事だ」

 アストリアは真顔で答えた。


「冗談が通じないのか。おまえは」


「まあ、それはいい。

 さっきのおまえのセリフ、そのままシェリー宛に手紙に書くからな。

 きっと喜ぶぞ!」


「やめろぉ! 恥ずかしいだろ!」

 アルフレッドはアストリアに組み付いて首を絞めた。

「せめて最後のとこだけ削ってくれ」


「あんたたち仲いいねぇ。一緒に旅したかったわ」

 ディザが頭の後ろで腕を組んだ。


「一緒に来るか? ディザ」

 その言葉はアストリアから発せられた。

 以前の彼ならそんなことはけっしていわない。


「ううん、エルファリアは生まれ育った街なんだ。

 この街の思い出はすべてが綺麗じゃない。

 それでもこの街から離れたいと思わない、いま・・はね。

 そのときが来たらまた誘ってくれる?」


「ああ、また会えればな」

「あんたって結構いいところあるじゃん」


「さっきまでおれに気があるみたいなこといってたのに」とアルフレッド。


「あたしって、気まぐれなんだ。ネコと一緒でさ。

 さぁ、もう行きなよ」


「こんど会うときまでに酒を止めろよ。ディザ」


「明日からやめようと思ってた!

 あたしは本気だった!

 でも意地悪ないい方されたから飲む。あたしは繊細なんだ」

 ディザはヒステリックに叫んだ。

「神よ……」


 こうしてアストリアたちはディザと別れ盗賊しか知らない地下道のルートで国境を抜けた。



 彼ら一行が去ったあとディザはあてがわれた自室に入り鍵をかけて通信機を取り出した。


 それはスマートフォンに酷似してるが、内部構造は魔法的回路で組み立てられた別の装置である。


 ある男から手渡された魔法の道具マジック・アイテムである。

「……連絡します。

 ええ、はい。

 彼らの旅をサポートしました。

 あなた様の命令で動いていたことは誰にも気づかれてはいません」


 通信機から声が漏れた。

 なにか魂に響くような、とても通る声だった。


『よくやってくれたね。君の働きには満足しているよ』


「これであたしの家族の死体を回収していただけるのでしょうか」

『もちろんだよ……。僕は契約を守るからね……』

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