第三十章 his shadow 前編

 アストリアたちは国境を越えて東を目指していた。


 アストリアが決勝に参加しなかったわけ、それはラウニィーの試合の直前に渡された手紙に書かれていた内容にあった。


〝ラウニィー敗北の段は依頼内容を破棄する〟というフランクからの伝言が書かれていたのである。


 そしてラウニィーがシオンに敗北するのを見たアストリアは試合場から姿を消した。


 王宮から出ると盗賊ギルドの使いが待っていて彼を馬車に乗せ、エルファリアから脱出させたのである。馬車にはディザと、アルフレッドも乗っていた。


「アルフレッド。おまえどこへ行ってたんだ、大変だったんだぞ」

 久しぶりにあった仲間に開口一番に文句をいう。


「アストリア、この国でのおれたちの仕事は終わった」唐突に彼は告げた。

「どういうことだ」

「おいおい説明する」


 ディザはアストリアを見るとへらへらと笑った。

 酔っているようだ。


「よろ~、あたしのこと覚えてる?」

 ディザは酒瓶からぐびぐびと酒を飲んでいる。


「誰だよ? 酔ってるのか? 昼間から飲むなよ」

 アストリアは顔をしかめた。


「ディザだよ~」彼女はとても陽気になっている。

「?」


「あ、あんたには名乗ってなかったわ(笑)

 あたしはディザ。みんなあたしのことディザって呼び捨てにするからあんたもそうして。さんなんてつけたら許さないから」


 アストリアが困惑してアルフレッドを見る。

「彼女は仲間だ。一緒に行く」

「一緒にってパーティに加わるのか?」


「ん~、それはちょっと違うかな。途中まで一緒に行くかもね」ディザが答えた。


 馬車の中でアストリアは悶々とした。

 ひとりの剣士としてシオンと戦ってみたかったという思いがくすぶっていた。


 純粋な剣の技量で劣っていても彼女に勝つための戦術は彼の脳内にできていた。

 それでも勝率は40パーセントである。


 だが、いまの自分に名誉など必要ないのだ。

 クレリアを守る旅が最優先、そう自分にいい聞かせた。


 森の入り口で馬車を捨てると、馭者の男は別方向へ逃げるといい、どこかへ行ってしまった。


 アストリア、アルフレッド、ディザの三人は森の奥へと入っていった。


「オレたちは、どこへ向かってるんだ」アストリアは問わずにはいられない。


「それは人類がどこからきてどこへ行くのかという哲学的な質問かにゃ?」

 ディザが質問に質問でかえす。


「なわけあるか! いい歳してなにがにゃーだ」

 だんだん腹が立ってきた。


「歳のことはいうなし! 生意気だぞ、年下のくせに」

「オレは23歳だけど」


「えっ……、同い年じゃない? もっと仲良くしようよ」

 ディザがアストリアにへこへこと近づいてきた。

 体臭からすでに酒のにおいがする。


「近づくな。酒くせー女だな」

「ひどいっ! あたしだって女の子なんだよ⁉」

 ディザは泣きながら酒瓶の残りを一気飲みした。


「だから飲むな!

 アルフ、盗賊はみんなこんなやつらなのか?」


「ディザは特別だ。

 昔より酒癖が悪くなったな。

 仕事が終わるといつもこれだ」


「あんたも飲みなよ。

 健康が犠牲になるけど、嫌なことを忘れられるよ」


「健康を犠牲にしちゃダメだろ!

 オレは酒は飲まない。第一、味が悪い。

 そんな生き方してたら死ぬぞ」


「そーなんだよ。

 この間医者にこのまま飲みつづけたら余命2年もないっていわれてさあ。

 スリルがたまらない」

 ディザはまったく気にしていないようである。


「もうだめだ」彼は天を仰いだ。

「あたしが死んだら泣いてくれる?」

「もう泣いてるよ」


「あのな、ふたりとも、おれたちは逃げてるんだから私語は慎んでくれ」とアルフレッド。

「逃げてるって、どういうことだよ」

「あたしたち国宝盗んだ」とディザ。

「なんだと⁉」


「おれたちのこの国での目的はふたつあったんだ。

 ひとつはラウニィーを神聖剣闘大会で優勝させないこと。

 もうひとつはこの国の宝物庫にある火星薔薇の王冠を盗むこと」


「火星薔薇の王冠……?」

 アストリアはフランクの説明した神具アトリビュートのことを思い出した。

「てことは残る神具はあとひとつか」


「そうだアストリア。

 いまはフランク達と合流しよう。

 ディザ、道案内を頼む」

「はいよ」

 ディザは先頭を歩いて行った。


 彼女しか合流地点を知らないのはいたって合理的な理由がある。

 もし捕まってしまったとき仲間に危険が及ぶ率を低くするためである。


「もうすぐだよ」茂みをかき分けるとそこには古井戸があった。「ここ」

「ここって、捨てられた井戸しか見えないが」

 アストリアの問いに、ディザは古井戸に被せられた板をどけていった。


「まさか、この中か?」

「うん、そう。

 あたしが最初に潜るからひとりずつ降りてきて。

 最後に降りる人は蓋閉めてね」


 ディザは盗賊の七つ道具からフック付きロープをだしてするすると降りていく。


 底についたディザはカンテラを点けた。

「降りてきていいよ」その声は井戸の底から反響して聴こえた。


 アストリアがロープを伝って降りるとディザが着地をサポートしてくれた。

「ここ見て」

 ディザがカンテラで照らす先に穴が開いている。

 壁の一部が欠損しているのだ。


「あたしの後を正確についてきて。

 間違えるとワナが発動するから。

 剣がつかえないよう、気をつけてね」


 ディザは四つん這いになり穴を潜っていった。

 アストリアもつづく。


 そのタイミングでアルフレッドも着地した。

 彼の持ち物であるカンテラを点ける。


 アストリアは右も左もわからずディザを追った。

 女性のディザはともかく男性陣にはきつきつの空間だった。


「‼」アストリアの正面にディザのお尻が見える。

 ミニスカートに黒い下着がちらちらと左右に揺れるように見えた。


 穴を抜けた。

 そこは広い空洞になっていてカンテラがなかったら真っ暗だったろう。


「はい、ここです。ここが盗賊のアジトの入り口」

 ディザがカンテラで照らした先に鉄扉がある。

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