第二十九章 中立のアークメイジ シオメネス
表彰式をすっぽかしたシオンはアスファーとの決着をつけるために街中を駆け回った。だが、まったく消息を掴めなかった。
アランの屋敷にもいってきたが知らないの一点張り。
門前払いである。
アスファーの仲間の姿もない。
もう街を出たのかもしれない。
せめてどの街道を出たのかだけでもわからなければどうしようもない。
飲み屋で話したやつの言葉が真実なら東方に向かって旅をしているらしいが、エルファリアから東方へ向かうルートは複数ある。
諦めかけたシオンにアークメイジの噂を話す町人がいた。
「アークメイジ・シオメネス様ならあんたが探している人がどこにいるかわかるだろうね。
でも無理だと思うよ。めったなことで魔法を使わないそうだから。
理由? いたずらに魔法を使うと秩序が乱れるとかなんとか……。結局はケチなんだってみんな話してるよ」
その町人にシオメネスの住まう宮殿の場所を聞いたシオンはその場所に向かった。
賢者の宮殿というから神秘的で華やかなものを想像していたが拍子抜けだった。
人ひとりが生活するに困らない最低限の建物で、一般の家屋と建築様式が少し違うが特別費用がかかったようには見えないほど質素である。
もう夕方だったが、一刻を争っているシオンはためらわず門をくぐった。
本当にここに賢者が住んでいるのか目を白黒させながら敷地内に入る。
庭の花木に水をやっている人がいたので尋ねてみることにした。
そばに老犬がつき従っている。
「この建物にアークメイジが住まうと聞いて訪ねてきたのですが、導師シオメネス様は御在宅でしょうか」
「私になにか御用ですか?」
まるで庭師のような恰好をしている男が立ち上がり帽子を取った。
背はシオンよりも低く色白で、髪も白銀。
瞳は薄いブルーで全体的に色素が薄い。
中性的な男性だった。
眼鏡をかけている。
年齢も20代に見える。
「ずいぶんと質素な暮らしをされているのですね」
彼女は驚きを隠せなかった。
「特に働いてもいないのに大きな宮殿に住むのは申し訳なくてこの住まいに移ったんです。
…………………。」
シオメネスはその瞳でシオンを直視した。
彼女の顔を視ているわけではない。
彼女の星を視ているのだ。そして微笑する。
神秘的な余裕である。
「ほう。これは……。
こんないい方をしては気を悪くされるかもしれませんが、これほど強い運命を持った人間に出会ったのは久方ぶりです。
あがっていきなさい。
お茶を淹れましょう。
ぜひトマトを食べていってください。今年収穫したトマトは出来がいい」
「導師シオメネス。わたしは急いでいるのです。ある男を探していて……」
「ええ、
彼の口ぶりは、彼女が誰を探しているのか理解しているかのよう。
「数日前から星の動きが騒いでいました。
それもひとつやふたつじゃない。
私はね。
めったなことで魔法は使わない。
強い魔法で物事を解決すると人は堕落してしまうからです。
世捨て人のようになった私に世間も興味を失いました。
しかし、強い運命をもった人がそれに立ち向かうためになら、お力添えをすることにしているのです」
シオメネスは一呼吸おいてつづけた。
「この国には不思議と強い運命を持った人間が集まる。
王もそうですが、ラウニィー。
彼女は強い運命を持っていた。
シャフト卿。あの男にはなにかある。
私の星詠みでも正体がつかめなかった。
彼を側近にするのはやめるように王に進言したのですが、義理立てを優先されました。
そしてあなた。あなたの運命は、これからもっと大きくなっていく。
その運命は世界を天秤にかけるほど大きいかもしれない。
立ち向かう勇気を持ってください。
その結末があなたにとっても世界にとっても良いものであることを祈ります。
まずはお茶を飲みながら世間話でもしましょう。
ちからを貸すのだから私にもご褒美があってもいいでしょう。
めったなことで人が訪ねてこないのでね。
繰り返すようですが、お茶を飲むくらいの時間はあると思います。
私の星詠みをもってすればね」
つかみどころのない魅力をもっていて、話し上手でもあるようだ。
シオンは建物の中に案内された。
実に質素な内装である。
アークメイジの住まいとは思えない。
ふたりは客室に入り向かい合って座った。
客室と呼ぶのも申しわけない狭い空間だった。
小窓から夕陽が差し込んでいる。
「ときにシオメネス。あなたはいくつなのですか?
わたしより若く見えますが」
「私は40歳超えてます」
彼は飄々と答えた。
「えっ? いや失礼。
とても初老には見えません」
シオンは今日一番の驚きをみせた。
シオンは彼を20代に見積もっていた。
顔にもしわがない。髪はもともと白いが白髪にはみえない。
「トマトを食べているから若く見えるんですかね。ははは」
シオメネスののんきに笑った。老犬が彼の顔を見上げる。
彼はこれからの旅で起こりうる運命を語る。
「私はこうみえて運命論者ではないのですよ。でもね。
伝説になるような人は大きな運命をもっている。
そういう人はふつうの人生は送らないものです。
未来とは特定できるものではありません。
でもすべてが完璧なタイミングで起こるようになっているのです。
気を悪くしないでください。
私の人生だってふつうとはかけ離れていますから。
さて、突然ですがあなたは亡国の王女です」
「なんですと……!」
「そしてもうひとつ。
あなたが探している男はあなたと同じくらい大きな運命を持っている。
私が教えられるのはどちらかひとつの道です。
意地悪だと思わないでください。
あなたがどちらかを選んだ時点でもう片方の未来は消えてしまいます。
それが私の星詠みです。
亡国の王女として自分のルーツをたどり、王国を再建して王女になる栄光に満ちた人生と、探している男と合流してセカイの闇と対峙するか。
どちらかを選んでください。
夕飯の支度があるので日暮れまでにね」
シオメネスは老犬を撫でた。
「セカイの闇とは……?」当然の疑問だった。
「黒塗りの剣が見えます。その剣は細く反りかえっています。
その剣の持ち主は人間の悪意の結晶。
これ以上は私も見えません」
「
わたしの答えは決まっている。
わたしを棄てた国に興味はない」
シオメネスはゆっくりとお茶をすすった。
「あと2日以内にこの国の国境に向かいなさい。
東です。彼らは東方へ向かって旅をしています。
湖が見えます。黒髪の少女。
あなたはその娘に会ったことがあるはずです。
背の高い赤毛の男性に眼鏡をかけた背の低い魔術師。
そしてあなたが探している男性。
星が視える。癒しの女神の主星ファラ。
そしてもうひとつ。魔王の星官(星座のこと)の一等星ルフェイン。
その男は女神と魔王、両方に魅入られている。
彼はこのセカイの救済者にも破壊者にもなれるちからを秘めています。
この旅であなたはこのセカイの混沌と悪意の元凶と対峙する。
死闘になるでしょう。
いのちを失うかもしれません。
その代わりにあなたは人生でもっとも望むものをこの旅で手に入れるでしょう」
「ありがとう。導師シオメネス。
やはりトマトをいただいてもよろしいですか」
希望が見えたシオンは瞳に輝きを映した。
いのちの危険があることはこれまでも同じ。
自分の選択に迷いはない。
「ええ、どうぞ。傷、お大事に」
シオンはラウニィーとの戦いでついた傷の包帯がなまなましかった。
シオメネスと別れたシオンは国境へ向かった。
国境近くにある湖はひとつだけである。
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