第十三章 アストリアの贈り物

 パルティアの街に入った一行は、宿で各自の部屋を取った後自由行動になり、アストリアは昼下がりの街にクレリアの誕生日プレゼントを探しに行った。


 アストリアはアルフレッドにあることを頼み、別行動した。フランクとクレリアは安全のため同行し魔導師ギルドに行った。


 アストリアは街中を探索した。あるものを探して。そのアストリアの姿を眼に留める自警団の男がいた。


「あいつは……! 野郎生きてやがった。顔の傷がうずきやがる」

 その男は右頬にかけて刀傷があり、顔面を横断して左眼に達している。左眼の視力も失っていた。その男はアストリアをつけはじめた……。


 夕刻、アストリアは宿に帰ってきた。自分以外はまだ誰も戻って来てないようである。

(風呂に入るか)

 アストリアは荷物をベッドの上に放り投げると宿屋の浴場へ向かった。そのあと事件が起こるとも知らずに。



 アストリアの入浴中にクレリアとフランクも帰ってきた。

「もう戻って来てるのか見てみます」クレリアはそわそわしながらアストリアの部屋へ向かった。

「あれ、ドアが開いてる」そう、アストリアは鍵をかけるのを失念して部屋を出てしまったのだった。


「居ますか~、傭兵さん。あれ、いない。トイレかなー? ん? これは……!」紙袋がベッドの上にあり、袋からあるものがはみ出していた。


「ふーっ、いい風呂だった」

(カチャ)アストリアがドアを開けるとクレリアが部屋の中央に立っていた。

「あれ? 鍵かけるの忘れてた。クレリア、どうしたんだ?」

「これはなに?」

「あっ」


(バサッ)クレリアはアストリアが購入した雑誌を床に放り投げた。

 裸身の女性が表紙の本だった。タイトルもとても卑猥だった。

「これはなに?」

 アストリアの心拍数があがる。動悸もしてきたようだ。


「……成人男性向けのなにか……」

「エロ本ですよね⁉」クレリアの口調はカミナリが落ちたようだった。

「はい、その通りです……」アストリアは委縮して答えた。


「この本のタイトルはなに? いやらしいわね!」

「オレが考えたんじゃありません!」アストリアは目を強く閉じて答えた。

「あんたが高いおカネだして買ったんでしょう? どうしてそういう言い訳するかな。お姉さん悲しいゾ」


(ぐぬぬ)アストリアは歯をかみしめた。

「それほどまでに女の裸が見たいか。わたしのことエロガキっていったくせに、自分はドスケベお兄ちゃんだな!」


 アストリアも真っ赤になって反論した。

「ドスケベお兄ちゃんとはなんだ! 誰のことだ!」

「おまえだよ」クレリアは利き手の人差し指でアストリアをさした。

「オレの荷物勝手に調べるなんて酷いよ! こんなことするならおまえの護衛の仕事辞める!」


「はぁ⁉ どこの世界にエロ本ばれして仕事辞める人がいるんですか!

 もしこれがわたしの誕生日プレゼントなら殺してやる!」

「そんなわけないよ」

「じゃあ、なんですか」


「ちょっと、見たいかもって思って」

「死ぬほど超見たいんでしょ。サイテー。誠実な男性だと思ってたけど、人を見る眼がなかったようです」


「うるせー、覚えてろ」アストリアの声は弱々しく、セリフは完全に負け犬の遠吠えである。

「これは没収します」

「ならお金払ってくれ」

「はぁ⁉ 取り上げるから没収なんです!」

「おまえは見ちゃいけないんだからな」

 クレリアは怒りで毛が逆立つようだった。


「もういい! マスターとアルフレッドさんにいいつけてやる!」

「それだけは許してくれクレリア」

「今なんて?」

「許して下さい、クレリアさん」

「もう一度?」

「ご容赦ください、お美しくて癒しの女神のようにお優しいクレリア様」

「……今回だけは大目に見てあげます。

 まったくわたしへのプレゼントかと思ったら……」


「それは買ってある。直接渡そうと思って」アストリアは小さな包みを彼女に手渡した。

 クレリアは無言で包みを受け取った。

「開けてみてくれ」

「わぁ……」中には白い手袋が入っていた。手首のところに上品な刺繍がしてある。生地や刺繍の品質からけっして安物ではないことがうかがえた。


「最近朝寒そうにしてたから。おまえには白が似合うと思って。探すの大変だった」

 クレリアは怒るに怒れないという顔になった。

「経費で落とすんですか」

「その発想はなかった。自腹だよ」

「貰ってあげてもいいですよ」

「もっと喜んでくれよ」


 クレリアの表情は〝ぱぁ…〟と花が咲くようだった。それが応えだった。

「あなたの誕生日にはなんでもしてあげますね」

「なんでも?」

「エッチなことはダメですよ」

「え、ああ……」アストリアは少しうつむいた。

「なんでがっかりしてるんですか⁉ ヘンタイ!」

「がっかりしてないよ。ほんとだよ」

「本当に? とにかく考えておいてくださいね」


 〝コン、コン、コン〟 ノックの音がした。


「アストリア、いるか?」アルフレッドが帰ってきた。「お嬢さんもここにいたのか。なんか大きな声がしたけど、いい争いしてなかったか?」

『全然』

 クレリアとアストリアは異口同音して嘘をついた。


「ふ~ん、ま、いいか。例のもの準備できたぞ。一階の応接間つかっていいって宿の人が」

「じゃあいくか。クレリア姫」アストリアは跪いてからクレリアの手を取った。

 クレリアは上気した。

「姫って呼ぶのやめてよ。恥ずかしいな」


 そういうクレリアはまんざらでもない表情である。アストリアの手を取ると彼は立ち上がりエスコートする。

 アルフレッドがアストリアの即興にのり、執事のようにドアを開けた。


(すごいっ、すごいっ。本当のお姫様みたい。誕生日はお姫様になれるんだ)

 階段を降りるとき宿のおばさんとすれ違った。アストリアとクレリアをみて笑っている。少しも恥ずかしくなかった。


「この子は今日誕生日なんです」アルフレッドがおばさんにあいさつする。

「ああ、この子が。なにもできないけど空いてる部屋は使っていいからね」

「ありがとうございます」クレリアは笑顔で答えた。

「会場はこちらでございます、姫」


 応接室の前に着くとアルフレッドがドアを開けた。

 これからなにが起こるんだろう。

 クレリアは幸せすぎることでからだにストレスが出そうだった。

「来たか。ケーキのろうそくに火はつけたぞ。まったくなんで私が……」フランクは背を向けて立っていた。床にはアゼルが待機している。


 フランクが体をどけると、そこにはテーブルの上にホールケーキがあった。

 ケーキスポンジをシュークリームで盛ったケーキの上にチョコレートのプレートがあり、クリームで『クレリア・レイン・・・リクスちゃん お誕生日おめでとう』と共通語コモンで描かれていた。


「お嬢さん、これがおれの誕生日プレゼントだ。

 悪い、ケーキの手配だけでぎりぎりだった。プレートの文字やってくれるとこ探すの大変でさ。

 当日は受け付けないところがほとんどだったけど、頼み込んで作ってもらったんだ。

 あとケーキにプレートってのはアストリアのアイディアなんだ」


「苦労話はそれくらいでいいだろう。クレリア、おめでとうはいわないが路銀をやる。すきに使うといい」フランクはその場で銀貨10枚を渡した。

「うわ、誕生日プレゼントに現金手渡しとかありえない。空気読めよ」


 アルフレッドが苦笑した。

「いえ、わたしは嬉しいです。ありがとうございます。

 マスター、アルフレッドさんも。名前のスペルが一部間違っているけどそんなことはどうでもいいです」

「アストリア、プレゼントは?」アルフレッドが促す。

「さっき渡した」

「ふーん」


「嬉しかったです! さぁケーキをみんなで食べましょう」

「まてまて、まずお嬢さんがろうそくの火を消さなきゃはじまらない」

 アルフレッドが部屋の中央につるされているランプの火を細くした。

 クレリアは眼を輝かせながらケーキの前に立った。


 その背中を見ながらアストリアはセレナの事を想っていた。ただ一度だけでもセレナの誕生日を祝うことが出来たならどれだけよかったろう。

(ふーっ)火が消えた。

(パチパチパチ)最初男性ふたり分の拍手がした。アルフレッドとアストリアが肘でつつくとフランクは辟易した顔で拍手に加わった。

 背の高いアルフレッドがランプの炎を再び強くする。


「わたし、幸せです。いまとっても幸せです。ふたりともありがとうございます。マスターもいまこの場にいてくれるだけで嬉しいです。じゃあケーキですね」

「私はいらないぞ。甘いものは食べない」


「そういうな。1クウェル(およそ1センチ)ならいいだろう」

「やれやれ、本当に1クウェルだけだぞ」

 クレリアの足元でアゼルがゴロゴロと床に転がっておなかを見せる。

「アゼルがにゃんこ踊りしてるぞ」アストリアがクレリアに笑いかけた。


「アゼルもわたしの誕生日お祝いしてくれてるんだよね~♡ 大好きだよ、アゼル!」

 クレリアはアゼルもふさふさのお腹を撫でた。

 アゼルは見るからに嬉しそうに甘い声で鳴いた。

 クレリアの人生の最良の日が訪れた。


 パーティーが終わり、各自が部屋に戻ろうとすると、宿のおばさんがアストリアを呼び止めた。

「あんたにお客さんが来てるよ。自警団の格好してる」

「誰ですか」

「古い友人だって」

「この街ははじめてですけど」

「とにかく伝えたから。ラウンジにいるって。あの人雰囲気悪くてラウンジに人がいなくなってしまったよ」


 フランクとクレリアはもう二階へ上がってしまった。アルフレッドは誕生日パーティーの後片付けをまだしている。

 アストリアの第六感が危機を警告した。それも、最大級の危機を。


 アストリアはゆっくりとラウンジをのぞいた。

 金髪で肌の白いひとりの男性が脚を組んで座っている。男と眼があった。ただし、隻眼と。どこか既視感があるが、男の傷痕のせいで記憶のデータベースが照合困難を示す。


「よお、不死鬼ふしき四番隊隊長様、コードネーム・コープス。アンデッド=アストリア」

「おまえ誰だ」

「おまえのせいで地獄を見た男だよ。忘れてねーだろうなぁ、この顔の傷を」

「………。」

「覚えてるかって訊いてんだよっ!」男は机を蹴った。

 アストリアの脳裏に過去が浮かんだ……。『暗黒の過去』が。

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