第25話

 「えー。怖いね」ぶるるっと震えが背筋を這い上がった。「でもその事件と私とは」


 「うん。関係ないかもな。でもそんな事件があったんだから、防犯カメラの映像は事件の前後数日間分は警察に提出したはずだ。警察からデータが戻されたかどうかはわからないけど」と言いながら、紘くんはノートにボール事件について調べる、と書きこんだ。


 それからビールを飲み干して、立ち上がった。


 「じゃあ、今日はこれで帰るよ」

 「え、もう? もっと少しゆっくりしていけばいいのに」

 「明日、仕事早いんだ。また来るから」


 「そっか……。じゃあ、待ってるね」と寂しさを押し殺して笑って見せると、紘くんは頷いた。


 背が高い紘くんが立ち上がると、急に部屋が狭くなったように感じる。


 「ごめんな」

 「なんで紘くんが謝るの? 忙しい中、無理して寄ってくれたんでしょ?」

 「守ってやれなかったから……」

 「そんなこと……」


 なんと言っていいのか分からずに、ただ首を振ると、紘くんはにじんだ涙をごまかすように、すばやく二、三回まばたきして、玄関から出て行った。

 カシャン、と鍵の閉まる音が響き、私は一人部屋に取り残された。


 ひとり…………の、はず、なのに。

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