第90話

 そして反対の腕を三浦にひっぱられ、バランスをくずして倒れた。空中を泳いだ手が側にあったテーブルにぶつかり、キン、と高い音をさせて、フォークが舞い上がった。そして仰向けに倒れている、永里の見開いた目のすぐ横にまっすぐ突き立てるように落ちた。永里の黒目がゆっくり動く。その瞳が銀色の爪を捉えた時、永里をからかうように目をめがけて倒れてきた。永里が目をつぶると同時に、フォークが顔にぶつかって、床の上にはねた。


 店長はブルブルと震えだし、伝票を掴んだ。


 「わ、私も帰るよ。これ、払っていくから。じゃあ」


 置いて行かれては大変だというように、慌ててソファの上のセカンドバッグをつかむと、中から何かを摘まみあげてテーブルの上に放り、二人の側に駆け寄った。


 三浦と店長に抱き起されて、そのまま抱えられるようにして永里はふらつく足で店を出て行った。途中、振り返った気配がしたが、俺はテーブルに肘をつき、組んだ手でおでこを支えてうつむいた姿勢をくずさず、気が付かないふりをした。そしてゆっくり息をした。


 隣を見てはいけない。きっと、俺の隣には見てはいけない誰かが座っている。

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